ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

息子と仲良くしたくない自分を乗り越えるため知識を総動員し本気出す話

息子とは仲良くしたくないと思っているとんぼである、ごきげんよう。

 

息子にぶちぎれた話を2日前に書き、息子を受け入れるためには勇気が必要だと昨日書いたので、今日が三部作の最後として息子を受け入れるための現実的な行動を書いていく。

 

息子と仲良くしたくない、受け入れたくない!という自分に気付いてる今がチャンスだ。全力を出していきたい。

息子を受け入れるためのワークを考える

誰も興味なさそうな話だが、息子との関係をよりいい方向に持っていくことは私にとっては人生最大の難関だと言っていい。

 

ただ「勇気を出そう」「息子を受け入れよう」と考えるだけでは、数日しかもたない。気付いたら勇気は挫かれ、絶対に息子を認めない私に逆戻りするのは目に見えている。

 

そこで、息子を好きになろうと勇気を振り絞れる今だからこそできる方法論を考えていく。

リフレーミング

最近よく書くリフレーミングも意識して取り入れたい。いわゆる捉え方を変えるという奴で、以下の感じでいかがだろうか。

 

×自己主張が激しすぎる空気を読めないクソ野郎

○恐れず堂々と自分の意見を話せる

 

×クソ生意気

○自信に満ち溢れている

 

×YouTubeばかり見たがる廃人クソ野郎

○自分がやりたいことがはっきりと自覚できている

 

度を越しているものはしっかり話し合って注意したり、より良い方向に導けるようにしなければならない。だがその前に、まずは受け入れる必要がある。

 

受け入れるためには「クソやろう!!!」では無理だから、意識して表現を変えていこう。

 

ちなみに娘の暴力は、

 

×何をしてもしなくても叩いてくるパチパチクソ野郎

○嫌で嫌で衝動的に手が出てしまう娘の心の叫び

 

と切り替えてから、驚くほどにイライラしなくなったから効果は期待できるはずだ。息子を受け入れたくない私では無理なやつだな、これは。

ベネフィットファインディング

続いてベネフィットファインディング。これはPTSDレベルのトラウマであっても、プラスに変えられるとかいう奴。

 

過去にあった嫌な出来事、恨みや憎悪の対象に関して、その状況・人があったことで自分の人生においてどんなプラスがあったかを書き出すというワークだ。

 

20分間ベネフィットファインディングを行っただけで、復讐心が和らいで相手を許す気持ちが増えたという実験もあるので、高い効果が期待できる。

 

ただ、これは絶対に息子にだけはやりたくなかった。こいつがいたことでプラスなんかねーよ!!という自分を今まで正当化し、拒否してきた。

 

これも仕方がない。息子がいたことで得られたことは、多くあるはずだ。これをしばらく毎日20分続けることにしよう。

セブンコラム(7つのコラム)

過去にも気に入っていたセブンコラム。こちらは認知行動療法の一種で、偏った思考をバランスのとれた思考に矯正するというもの。

 

コロナの影響でやる時間がなくなっていたが、セブンコラムを息子専用のものとして今日から再開する。

 

息子に対する認識が明らかにバランスに欠けているので、必須だろう。せっかくなので、今朝の出来事セブンコラムで書いてみよう。

 

状況:今朝、妻に「忙しそう(で子供たちが邪魔)だから、テレビつけようか?」と聞いたらなぜか息子が「つけて」と言ったこと

 

感情:嫌悪感100%

 

思考:はぁ?お前に聞いてないんだけど、なんで妻じゃなくてお前が返事したの?テレビをつけるかどうか決めるのはお前じゃないだろ?

 

根拠:忙しそうだからテレビをつけようか?と聞いたけど、息子が自分に聞かれたと捉えた可能性がある。またテレビは家族の共有財産で、ルールも家族共有である。朝はテレビを見ないと決まっているのに、父である私がテレビをつけようか?と独断で決めるのもおかしいし、それならば息子にもつけるかどうか決める権利があると考えられるし、意見をいうのは自然なこと。何らおかしなことはない。

 

反証:妻と息子はすぐ隣にいたし、息子はただ自分の意見を言っただけ。悪意もなさそうだし、単純に暇でテレビが見たかっただけかもしれない。妻が忙しそうだからテレビをつけると妻が楽になるという目的で声をかけたので、息子の意見は特に悪くもない。目的は同じだから、怒る必要はない。

 

バランス思考:あぁ、息子のでしゃばりクソ野郎がって思っている。でも我々4人は家族だから、ルールを作ったのなら皆が同じラインに立っているのだ。息子が出しゃばりだというなら、私だってでしゃばりだ。妻が弁当を作ったりと忙しそうだから、みんなで協力できるような体勢ができるならいいんじゃないか。

 

今の気持ち:嫌悪感-50%

 

こんな感じ。面倒だけど、やるしかない。

息子の幸せを願う

最後に、いつも寝る前にやっている瞑想を、息子の幸せを願う慈悲の瞑想に切り替えることにする。前半15分は自分を癒し、後半15分は息子の幸せを願いたい。

 

妻や娘の幸せは素直に願えるのに、息子の幸せだけは絶対に願いたくない自分がいるというまさに毒親の鑑、それがとんぼである。

 

受け入れたくない!!認めたくない!!という私ではこんな選択肢は出てこないが、勇気を出して息子の幸せを願うことにする。

 

受け入れられない相手の幸せを願うって、すごくパワーを使う。でもやってみよう。

しばらく続けるのでいつか報告します

そんなわけで、心の闇を自覚できているうちに徹底的に対策をとろうという話であった。

 

すぐに何かが変わるわけでもないはずなので、また一月後とか数ヶ月後に変化を報告するかも。もしくはブログの書き方で変化がわかるようになれば嬉しい。

 

息子を受け入れたい自分と、受け入れがたいという自分が綱引きしている状態だから、現実的な努力によって綱引きに勝利するだけである。

 

まぁ、余裕でしょう。私にまかせろ!

 

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息子への嫌悪感が半端ない日を何とか乗り越え勇気の必要性を知った話

なんとか息子への嫌悪感を乗り越えたとんぼである、ごきげんよう。

 

いやー昨日はきつかった。息子にどれだけ嫌気がさしても、どれほど顔を見たくない気分でも、家族とは向き合わねばならない。

 

そこで気づいた勇気の話をしていきたい。

息子への嫌悪感を何とかする

昨日ブログにもささーっと心の声を書いたのだが、よくあることだ。息子の言動が気に入らず、舐め腐ってるなーと怒りが爆発しただけ。

 

あまりの怒りで、日曜日の子供たちは義母宅にとまってもらって、1日ぶりに会う月曜日の夜にもうどうしようもないほどの嫌悪感が襲ってきたという、ただそれだけ。

 

どれだけ仲違いしても再会するのは家族だから避けられないこと。仕方ないので息子に会う前に全力を出した。

 

20分の筆記開示を行い、今感じていることを書き出して客観視。その後、逃げ出したい・ここにいたくないという心を癒すために自分の胸をなでて優しい言葉をかけ続けながら瞑想する。

 

それでもモヤモヤが晴れなかったので、好きな音楽を聞きながら20分エアロバイクをこいで、なんとか正気を取り戻す。立ち向かおうという勇気が出た。

 

お風呂に入っている時に息子が帰ってきて、声を聞くだけでうううううとなりつつも、自らを奮い立たせて風呂上りに目を見て「おかえり、お疲れ様」と声をかけた。

 

よし、とりあえずクリアだ。挨拶だけでもやってしまえば、あとはなんとかなるだろう。

 

そのあと、少し息子とテレビの話をした。息子としては、「自分と姉ばっかり毎日テレビを見てるのに、ママとパパがテレビをみる時間がない」が私の怒りの理由だと感じたらしい。

 

まったくもって見当違いなわけだが、ママとパパも平日にテレビが見られるように考えたルールを提案してくれた。

 

ふ……どっちが子供だかわからんな。

 

とりあえずなんとか普通に話もできて、一夜明けた今朝は一緒に手を繋いで学校まで送迎。さらに一度だけ抱っこをすることもできた。

 

いや、土曜日に爆発するまでは毎日当たり前のようにやっていたことなんだけど、一度爆発すると元に戻るのに苦労しますよね。

息子を認められないとんぼ

そして今回、嫌悪感を抱きながらも息子との関係を良好に保つための行動は、自分でも思った以上の勇気が必要であった。

 

別に喧嘩はしていないのだ。ただ息子の言動に苛立ちを覚えたから、勝手に一人で私が怒っていただけ。謝ることもないし、ただ嫌悪感が凄かっただけ。それを乗り越えるのは相当なエネルギーが必要だった。

 

今回、というかこれまでもずっと、私は息子に対して爆発することが多い。ブログに怒りを言語化するのは大抵は息子のこと。

 

娘に関しては暴力をネタにするが、あまり怒った記事は書かない。今朝も機嫌が悪かった娘に何度も叩かれ押されたりと、ほとんどいつも通りにいかない娘だったがイライラすることはなかった。

 

でも息子はどうだ。ちょっとした発言でいらっとして、少し多くテレビをみただけでストレスを感じ、娘に偉そうな態度をするのもストレスを感じ、語弊を恐れずにいえば息子のほぼすべてにストレスを感じている。

 

上で書いたようなストレス対策を毎日してるから仲良く過ごせる時間もあるけども、ストレスを感じている事実は変わらない。

 

私は息子を認められていない。認められていないというか、認めたくないのだ。

 

自分の心を探れば探るほどに、どうしても息子を認めたくない自分が出てくる。こんなヤツ認めてたまるか!という自分がいる。

 

従来の私の価値観に当てはめれば、こんなヤツ好きになれるはずがない。

 

絶対に認めてなるものか!!

 

それが私の本音なのではないか、そう気づいたわけであります。

認められないじゃなくて認めたくない

ここで終わったらただのやばいおっさんだから、最後にこれからどうするかを考えて終わりにする。

 

問題としては、息子を認められないんじゃなくて、認めたくないということ。この認めたくない感情の目的を考えると「その方が息子と仲良くせずに済む」ってやつだな。

 

こんな個人ブログで自分を良い風に見せても仕方がないので本音を書くと、今の私から見ると息子は以下のように映っている。

 

・自己主張が激しい

・意見が通らないと大声で喚いて強い言葉を使って相手を威嚇する

・客観的な事実と違い被害妄想が激しい

・知ったかぶりで基本的に高圧的で偉そう

・テレビとYouTube以外にやることがない廃人予備軍

 

うーむ、ひどいな。私にも当てはまる部分があるから同族嫌悪かもしれないが、あまり仲良くしたいとは思えない人物像であるのは間違いない。

 

ただ、このような人物が私の息子になった。ステップファミリーだぜ、これくらいの覚悟はしていたはずだ。

 

じゃあどうするか、といえば、結局は勇気が必要だという結論に至る。

 

息子を”認められない”ならどうしようもないのかもしれないが、私は息子を”認めたくない”のである。

 

認めるか、認めないか。その鍵は私が握っている。

 

こんなクソやろう認めたくない!!絶対に認めてなるものか!!

 

そんな自分を変えたくないだけ。息子を認めて受け入れて、その先にある未知のストレスを怖がっているだけ。私が息子を認めても素直に愛情が返ってこないだろうと予期して傷つくのを恐れているだけ。

 

だが、私が勇気を出して踏みだせば、今すぐにも息子を認めることができるはずなのだ。

 

すべて私の問題だ。息子がどういう発言をするか、言動をするか、何ら関係がない。私が息子を認めるかどうか、私にしか決められない。

 

ここでみんな大好きエレン・イェーガーの言葉を引用する。

 

戦え、戦うんだよ!!!勝てなきゃ死ぬ……勝てば生きる……戦わなければ、勝てない。

 

正直、まじで認めたくない。こんなクソガキ認めてたまるかという自分が確かに存在している。絶対に受け入れたくない。

 

しかし、気づいてしまったのなら仕方ない。こんな自分と真っ向から戦わねばならない。勇気を出して、息子を受け入れる選択をとらなければならない。

 

上っ面だけで息子を認めるように接していても、根本は変わらないのだ。絶対に認める気がない私では、この先に進めない。そうだ、戦わなければ、勝てないのである。

 

今は毒親かもしれないが、何が何でも前に進みたい。心から他者を受け入れ、よりよい人生を送れるように計らいたい。

 

具体的な方法は別途考えるとして、少しずつ矯正していく所存である。

 

はぁ、息子のおかげで成長させられているね。これは素直にありがたいことだ。息子を心から認められることができれば、この先苦手な人なんていなくなるんじゃないか。

 

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娘のテレビの時間を厳しく監視し始めた息子にぶちぎれた話

週末に久々にぷっつんしたとんぼである、ごきげんよう。

 

ここまで息子に怒り、嫌悪感が凄かったのはどれくらいぶりか。仕事を再開して疲れているせいもあるだろうが、ここまで腹立たしいことはない。

テレビに少し甘くなったら

このブログではテレビの話について書くことが多いが、まぁ聞いてくれ。

 

うちでは月水金の夜は息子が1時間好きなテレビ・YouTubeを見ることになっている。最近は息子がデジタル時計をなんとなく読めるようになっていたので、「○時○○分まで見ていいの?」などと聞いてくる。

 

YouTubeの立ち上がりの時間もあるから、きっちり1時間ではなく、3~5分ほど余裕を与えて時間制限を伝えることにしている。かなり寛容になった。

 

続いて火木土は娘の日。娘はEテレ大好きなので、1時間Eテレを見てもらうのだが。

 

息子が学童から帰ってくる時間は、娘と妻がお風呂に入っている時間。息子のテレビの日ではないので、暇な息子にはEテレを見てもらっている。

 

天才テレビ君やおしり探偵など、夕方のEテレは息子が好きな番組もやっているからいいのかなーと。息子のテレビの日じゃないけど、Eテレならいいよね、と大目に見ていた。

 

そしたら、土曜日の午後に、私の怒りを爆発させる出来事があった。

土曜日の息子

土曜日は娘はデイサービス。息子は妻と一緒にお出かけした。

 

で、夕方に帰ってきた息子はパタパタと急いでお風呂に入った。急ぐ理由はスポンジボブ。夕方からやるアニメで、これを見たかったらしい。

 

土曜日は息子のテレビの日ではないが、上述したとおりEテレだし、暇そうだし見たらいいじゃないか。

 

息子はケラケラ笑いながらスポンジボブを見ていた。その後娘がデイから帰宅し、妻とお風呂に入る。その間の息子はずっとEテレのアニメを見ていた。楽しそうに。

 

別にいいんだよ、Eテレは面白くないという息子だって普通に勉強になる番組が多いはず。楽しんで見てくれるものも多いんだよ。

 

だからこそ目を瞑っていたのだが、娘がお風呂を上がってEテレを見始めるじゃないか。そしたら息子がいうのだ。

 

「姉は○時○○分までね」

 

娘の時間を、1時間だと宣告した。

 

はぁ?と思った。息子は今日学童が休みで朝から遊びに出かけて、妻が用事の間はマイクラで遊んだという。帰ってきてからはケラケラEテレも見ている。

 

娘はどうだ。最近かなり暴力がきついからと土曜日もデイに行ってもらう選択肢をしたのは我々だが、朝から夕方まで頑張ってきたのは確かだ。

 

別にね、娘にご褒美として1時間以上見せようなんて思っちゃいないよ。1時間でいいよ、十分だよ。

 

だが、今までEテレを見て楽しんでた息子からのこの言葉が出てきたの許せない。

 

お前は今まで1時間以上Eテレ見てたくせに、なぜ娘の時間を監視し始めたんだ?まじでどういうつもりなんだ?

 

1度目は許せた。でも、3回くらいかな。

 

「姉はあと○○分でしょ?」

 

的な発言が続いた結果、完全にぶちぎれ。吐き気を催すほどの怒りとはまさにこのことで、この日以来、私は息子とほとんど話をしないまま月曜の夕方になった。

 

いやーまいったね。あっはっは。

ルールはルールでしっかり守るべきだったか

もうすぐ息子が帰ってくるのでその前に筆記開示と瞑想をしておこうかと思ったのだが、ついブログを書いてしまった。やばいぞ、今の状態じゃ顔も見たくない感じだぞ。

 

少し思ったのは……息子が1時間テレビを見たがるのは別にいい。息子が娘のテレビの時間も1時間だと見張るのも別にいい。

 

ただ私は、息子が得をしてるくせに他者にはやたら厳しい物言いをするのが許せなかった。

 

まぁわかっているよ。息子はそんなこと深く考えていない可能性があるって。夜のテレビは1時間というルールをただ忠実に守ろうとしているだけだと。

 

息子は「俺はEテレ嫌いだから」を免罪符にしてる節があって、息子が大好きな番組であってもEテレなら息子のテレビ時間にカウントされていない可能性すらある。クソだな。

 

とりあえず、ルールを作ったのにその時々で甘くしたりするからおかしなことになる。土曜日のスポンジボブがまさにそれ。失敗したな。

 

正直ちょっと今は考える時間がない。もういやだー帰ってこないでくれーが本音のやばい精神状態なので、筆記開示やってきます。お疲れ様でした。

  

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息子は頑張っていないからYouTubeを見るに値しないという無意識の話

相変わらず筆記開示を続けているとんぼである、ごきげんよう。

 

テレビやYouTubeに対して以前より寛容になったが、まだまだストレスはゼロにはならない。 

 

なんで私はこんなにYouTubeが嫌いなのかなぁ、子供たちにゲームをさせたくないのかなぁと深掘りしていった結果、二つほどわかった事実がある。

 

とんぼの心の闇を紐解いていきたい。

YouTubeやゲームに対する評価

私は元々ひきこもり人間。だらだらーと寝ながらPCを触っていた期間が10年近くある。す、座ってた時ももちろんあるぞ。

 

それもあって、YouTubeやゲームといった娯楽に対して、正直そこまでの嫌悪感はない。楽しみの時間も必要だし、依存度が高いのもよくわかる。

 

だが、YouTubeやゲームに娯楽以上の価値を見出していない自分に気付く。

 

なんというか、YouTubeをずーっと長い時間みてたり、ゲームをやりすぎると自己嫌悪に陥ることってないだろうか。私はある。

 

確かに楽しい時間ではあるんだけど、それが人生のメインではないよな、こんなことばかりしてたらダメになるよな、そんな意識がある。

 

もちろん、金が有り余ってて時間も有り余ってて他にやることがないならそれでもいいのだが、決してそんなことはない。

 

他にもやるべきことがある。やりたいことがある。だからこそ、しっかりと時間を決めずに依存してしまっている状況に自己嫌悪してしまっているわけだ。

 

ただゼロにする必要はなくて、娯楽として、ストレス解消としてうまく付き合えたらいいのだが、なかなかうまくいかないのが現実だ。

 

そして、息子がYouTubeやゲームを最大の楽しみとしていることに対して、嫌悪感を抱いていることに気付く。

 

お前はもっとやることがあるだろ。本当にそれしかないのか?YouTubeとゲームだけがお前の人生か?

 

娯楽の枠を超えてしまっている。その使い方は許容できない。そんな思いが、確かに私の中に根付いていることを知った。

息子は頑張っていないという無意識

そう気づいたのはいいんだけど、逆に考えればYouTubeやゲームが娯楽の範疇だったら何も問題ないわけだ。

 

毎日頑張ってきて、働いて、勉強して、息抜きとしてのYouTube。世間の荒波に揉まれてホッと一息ゲームを楽しむ。

 

これって別に問題ないわけよ。私だって休息はするし、妻が夜にドラマみたりするのも微笑ましい。

 

頑張ったんだね、お疲れ様。

 

天使の笑顔でそういうよ。こんなに頑張ったんだから、これくらいのご褒美があってもいいよね、必要な時間だよね。

 

でも息子がYouTubeを見たがるとどう感じるかと言えば。

 

はぁ!?お前はYouTubeばっかりだな!!それしかないのかよまじでいい加減にしろ!!!

 

そう思ってしまうのである。これはつまり、私は感じているのだ。

 

息子は頑張っていないから、YouTubeを見る資格がない。

 

平日の夜もそうだし、土日もそう。平日頑張ってきたから、土日は休んだらいいじゃないかと思えたらいいのに、私は認められない。

 

日曜日だからってYouTubeみてんじゃねーよ!!許さんぞ!!!

 

そんな無意識の話。お前は休んでる場合じゃないだろって感じている。

 

見すぎるのは確かにダメなんだけど、そもそも息子はYouTubeを見るに値しないと感じている。お前は息抜きするほど頑張ってねーだろと感じている。

 

そんな心の闇を見つけました。

なぜこんなことに?

なぜこんなことになったのか、原因を考えてみたい。

 

まず、私が妻の頑張りを認められるのは、以前に同じ職場で働いていたからだ。妻の仕事内容をなんとなく把握してるし、忙しい職場だと理解してる。

 

人間関係のつらさもわかるし、たまに妻の悩みも聞く。話を聞けば聞くほどに、妻は頑張っていると認めざるをえない。頑張っていないとは冗談でも言えない。

 

娘は聞けば「たのしかったー」としか言わないが、毎日デイの担当から直接今日の様子を聞く。支援学校も、連絡帳に今日の様子がびっしり書かれている。

 

それと比べて息子はどうだ。先生と直接会うのは家庭訪問や授業参観くらいで、息子も率先して学校での出来事を話さない。

 

家に帰ればすぐテレビ。娘がEテレを見る日もぶーたれながらテレビ。話すのはアニメとかゲームの話ばかりで、学校の話をしてくれない。

 

息子に今日は学校どうだったかとほぼ毎日聞いてるが、テレビ見て上の空で「楽しかった」としか言わない。

 

おそらく、これが原因だ。私は息子の学校生活をほとんど知らない。こいつは、朝から夕方まで遊び呆けているだけだと思っている。

 

これは無知によるものだ。自宅以外にいる息子のことを何も知らない。息子のことを何も知らないことを自覚できていない。

 

知ってるのが自宅にいる息子だけなんだから、なんの努力もせずにテレビばっかり見たがる中毒クソ野郎という評価になるのは、なんらおかしなことではないな。

これからどうするか

最後にこれからどうするかを書いて終わりにする。

 

単純に、息子の学校・学童の様子を知らないこと、私の無知が原因だ。きっと友達関係、勉強、学校のルールなど、色々と苦労していることがあるはず。

 

その情報収集をするのがもっとも手っ取り早いだろう。先生と会う機会は小学生に上がってほとんどないから、本人から聞くしかない。

 

テレビを見ている息子に学校の様子を聞いても無意味なこともわかったし、学校の様子を聞いても「楽しかった」では何も知らないのと大差ないこともわかった。

 

今後は、夜寝る前の時間に10分だけでも話を聞く時間をとってみるのもいいかもしれない。以前にコメントを頂いたのに先延ばしにしてた、トーキングゲームを導入するタイミングかもしれない。

 

息子の日常に興味をもつことがプラスに繋がるはずだ。少しずつ情報収集していこう。

 

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我が家のルールを子供たちに課すと罪悪感が出てしまう問題を考察する

ルールを作りつつも罪悪感が止まらないとんぼである、ごきげんよう。

 

あなたと私がいれば社会の成立、そこにはルールが生まれる。当然、我が家の中にもルールが必要だ。それがなければ共存できない。

 

んだけど、罪悪感を抱いてしまう問題を考えたい。

テレビへの憎悪は少し落ち着いたが

以前は息子が好き勝手にテレビを見ると許せない!という怒りを持っていた。

 

でもそれも少し落ち着いて、テレビを少し見たからと言って何かが変わるわけでもないと意識を切り替えた。YouTubeをたまに1~2時間多く見たところで何も変わらんだろうと。

 

さらに我が家の暗黙のルールとして、テレビは1日3時間までにしよう!的なものがある。私が言い出したもので厳密には守られていないものの、長時間見ないようになっている。

 

それ以上見ると健康リスクが懸念されるからだし、脳が中毒に似た状態になりかねない。できれば、長くとも3時間までにしてほしい。

 

このルールの正統性は論理的に説明できる。できるんだけど、こういう制限がかけられている子供たちを見るとどうしても罪悪感を抱いてしまう。

 

「本当は一番テレビが見たいはずなのに、ルールを守って別のことをしている」

「ご飯食べてる時はテレビ消してるけど、本当はテレビつけたまま食べたいんだろうな」

 

とか。テレビを制限したい!という自分がいる一方で、テレビを制限するのはかわいそう!という自分もいる。

 

・テレビは長時間見るべきではない

・子供たちには好きなことをやって自由にすごしてほしい

 

この二つの理想が正面からぶつかり合っている。これもテレビに対する嫌悪感の一つだと思われる。

 

どっちに転んでも地獄なんだよ、テレビって。本当にこの世から消えてほしい。

ゴールコンフリクトを考える

このような理想がぶつかりあう状態をゴールコンフリクトと呼ぶらしい。ゴール(目標)がコンフリクト(衝突)していることで、不安や焦りを生む要因になるらしいから早めに解決したい。

 

では、どうするか、少し考えてみた結果をお伝えする。

 

まず上記した二つの理想がぶつかり合っていると感じているのは、私の思い込みによるものだと推定される。

 

つまり、「テレビを制限する」と「子供たちが好きなことをやって自由に過ごす」の二つはぶつかることなく両立することができる。

 

テレビを制限しつつ、子供たちが好きなことをして自由気ままに楽しむことは可能なのだ。

 

テレビがなければ、ゲームがなければ絶対に楽しい時間が過ごせないわけではない。YouTubeが世界から消えても、それより面白い物はどこかにあるはずだ。

 

受動的ではなく、能動的に楽しめる娯楽も山ほどある。芸術、スポーツ、勉強、化学、ビジネス、なんでもいい。

 

むしろ少しの隙間時間もなくテレビを見続けることで、このような興味・関心の芽も摘んでしまうのではないか。子供たちがもっとも楽しめるのがテレビだけ、というのがそもそもの思い込みなんじゃないか。

 

そんな結論に至ったのである。

じゃあどうするか?

娘はテレビがなければお絵かきもするし絵本も読む。むしろEテレがついてることで安心感を得ているだけで、なければないでスンとしている。

 

気になるのは息子で、テレビがなければ退屈だ、暇だ、何をしていいかわからないという。

 

私が罪悪感を抱くのは、明らかに息子の方だ。「テレビがないオレには何もない」と素直にアピールしてきているのだから。

 

今後はテレビがない息子には様々なチャレンジをさせてみるのもいいかもしれない。

 

いつもは頼まないお手伝いをお願いしてみるのもいいだろうし、能動的に楽しめそうな、何かやりたいことがないか聞いてプレゼントするのもいいだろう。

 

基本的に退屈なのは夜の時間なので、自宅で静かにできるような、そして何より楽しくて集中できるようなものを探っていこう。

 

一番何がやりたいかと聞いても、YouTubeとゲームしか出てこない。それ以外では思いつかないという。

 

6歳児だから仕方がないのかもしれないが、世界が狭いと言わざるをえない。それ以外の選択肢を示してこれなかった私の責任も大きい。

 

まぁ……プロゲーマーやYouTuberという道も現代にはあるから、すべてがダメだというつもりはないのだが。

 

参考にした本

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娘の暴力的行為を一般的な暴力行為と同列に考えるとまずいと感じる話

娘が面白いくらいに荒れてきて困っているとんぼである、ごきげんよう。

 

最近また娘の攻撃性が高まってきた。先日は娘が跳ね飛ばした皿と皿がぶつかって盛大に割れて、息子が小さいながらもかすり傷をおった。これは別途詳細を書きたい。

 

義母宅でもテレビに向かってりんごの入った皿を投げたらしい。今朝も妻を叩きまくっていたし、息子も叩いていた。納豆も畳にぶちまけた。

 

書けばキリがないこのような行為について、どう対応すべきか考察していきたい。

娘に試しに注意した話

重度の発達障害で知的な遅れもある8歳の女の子が我が娘なわけだが、上に書いたような暴力的な行為の波が定期的にやってくる。

 

娘がもっと大きくなる前になんとかせねば大変なことになる!!

 

と周りの大人は躍起になって様々な対策や声かけを行っているものの、結局、娘の体調や気分と暴力性が連動している。

 

で、最近子供たちに改善点を伝えてみようと試みているこの私。息子にもやっているので、同じように娘にもやってみることにした。

 

ちょうど完成したばかりのパズルを、娘がバンと跳ね飛ばしてバラバラにしてしまったのでさっそく注意。

 

「嫌だったんだね」と一言だけ娘の怒りを認めた上で、「でも、叩くのはダメだよ、物は大事にしないと壊れてしまうよ」と冷静に伝えてみた。

 

普段は娘のネガティブな感情を受け入れる発言をメインでしてるので、びしーっと注意したらどうなるかと思ったら。

 

完全なる大パニック。手が付けられないほどの大惨事になってしまった。

 

バラバラになったパズルをもう一度投げつけ、寝っ転がって蹴りまくり叩きまくりの引っ掻きまくりで泣き叫ぶ。

 

これはあかんやつだと、投げられないようにパズルを片付けたらさらに火に油。

 

「パズルやりたい!」

 

と泣きながら大声で叫び続け、長いこと私に体当たりしていた。

 

叩かなくなったところで一緒にパズルを元に戻して終わったんだけど、なんかこう、対応間違えた感がすごい。コレジャナイ感が半端ない。

骨髄反射的な暴力行為

今回たまたま注意してみたからこうなってしまったが、基本的に私と娘の関係は良好である。なぜなら私はあまりびしーっと注意しないから。

 

何で注意しないのかといえば、娘の暴力が衝動によるものだと認識しているから。骨髄反射だし、悪意というよりは心の叫びだと認識している。

 

とにかく嫌なことがあったから勝手に体が動いた。わかっちゃいるけど体は止められない。注意されても止められない。自分でコントロールできるものではない。

 

この衝動的な行為にびしーっと注意するって、改めてやってみて、やはりちょっとどうかなと思う。実際に荒れたのもあるし、向こうが荒れるとこちらの怒りを抑えるのも難しくなって収集がつかなくなる。

 

悪気があったわけじゃない。娘本人も暴力が悪いことは重々承知。それでも勝手に体が動いてしまって、体調が悪ければ到底止められない。

 

かわいそうというと語弊があるかもしれないが、同情こそすれ今回のやり方は違う気がする。もっといいやり方がある気がする。

 

何というか一見すると子供の暴力なんだけど、特殊なんだよね。娘の暴力に注意するってのは、食べ物が気管に入ってむせてるのに咳をするなって言ってるような、そんな感じ。

認めつつも次に繋がるように

娘だって別に好きで攻撃しているわけではない。この攻撃は心の叫びであり、自分では止められないもの。コントロールできないもの。

 

であれば、周りが娘を尊重し、娘の攻撃性が出ないように計らう必要も出てくるだろう。娘が嫌がるとわかっていることをあえてやらなくてもいい。

 

娘の手が出てしまったら、それは娘にとって体が勝手に動いてしまうほどのストレスがあったってことだから。

 

ただそれだけだと、娘様になってしまう。周りがすべて娘のことを考えて動いてくれないのが現実だ。これでは社会で生きていけないので、指針だけは示し続ける必要もありそうだ。

 

そこで、本日から以下の手順を踏むことにする。

 

娘の攻撃が出たら、まずはネガティブな感情を受け入れて完全に落ち着いてもらったところで「次は口で○○と言おうね」と伝える。

 

何度でも何度でも、例え意味がなかったとしてもこれを繰り返す。それが私の出した暫定的な答えであります。

 

そんな、一般的な暴力的行為とはまったく意味が違うよなーと改めて感じた話であった。包丁持たせたら、当然のように刺されそう。

 

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息子にコミュニケーションの基本を教えたい父の問題点を考える会

子供たちが学業に戻って喜んでいるとんぼである、ごきげんよう。

 

ここ1ヶ月で色々あって、子供たちに冷静に話をできるようになりつつあるのだが、荒れることも多くてイライラすることもまだある。

 

ちょうどコメントで「息子にもう少し考えるヒントを与えるべきでは?」との意見をいただいたこともあり、久々に育児を考察する記事を量産していきたい。

とんぼの子育ての基本姿勢を考える

私はアドラー心理学を子育ての指針として掲げている。なぜかといえば、苦しみばかりの地獄の日々を送っていた時に読んだ『嫌われる勇気』にびびっときたから、ただそれだけである。

 

アドラー心理学を追求していけば私の人生はもう少し楽しくなるはずだと、5年ほど前から未熟ではあるが少しずつ日々実践している。結婚して子供ができてからはより加速した。

 

アドラー心理学には課題の分離という概念がある。

 

何か問題が会った時に「この問題の最終的な責任をとるのは誰か?」と考えて、その責任者が他者であるならば、首は突っ込まないようにすべきという考え。

 

例え親友であっても、家族であっても、他者が責任をとる課題に土足で踏み込むべきではない。強制する・される関係は尊敬とは程遠くて上手くいかないからやめようね、といったところか。

 

基本的に課題の分離を人間関係のベースとしている私は、子供たちにあれしろ、こうしろ、あれをやりなさいこれをやりなさいと命令することは、ない。

 

「これやってもらってもいい?」

「もし暇だったら、○○を片付けてくれるとありがたいんだけど」

 

など、相手の意思に任せるような声かけを心がけている。妻に対する声かけと子供たちに対する声かけが同じというとわかりやすいか。

 

で、このように意思決定をすべて子供たちに任せる声かけを突き詰めていくと、注意をすることがほとんどなくなる。叱ることもなくなる。

 

……んだけど、やっぱり叱らなきゃならない場面もあったりする。そんな時、私の抱える問題点が出てくる。

息子を受け入れられないと先に進めない

怒ると叱るは意味が違う、とよく言われる。怒るは感情的になること、叱るは感情的にならずに冷静に相手に改善点を伝えること。

 

当然、親が目指すべきは叱るである。自分の命を危険に晒した時、他者の命を危険に晒した時。親は叱る必要がある、と考える。

 

だが、叱らなきゃいけない場面で、怒りが出てきてしまうのだ。

 

危ないって何度も何度も言ってるのに、なんでお前は言うことをきかないんだ!?本当にイライラするんだが!!死なないとわからないのか?

 

とか。

 

あのさぁ、これやっちゃだめだって考えなくてもわかるだろ!馬鹿にしてんのか!

 

こんな怒り。ただ冷静に叱ればいい場面で、怒りが顔を出す。怒りが顔を出すと終わりである、子供たちが次に繋げられるような話し合いにはならない。

 

怒ってもいいから注意しろと言われるかもしれないが、怒りながらの注意・叱責には割と強い副作用がある。

 

相手を頭ごなしに否定して、言動・行動を叩き潰し、嫌味をぶつけ、失望をぶつけ、お前が悪いと断罪する。

 

もしかしたら子供たちはわからなかっただけかもしれない。夢中になりすぎて衝動的にやってしまっただけかもしれない。わかっていたけど魔が刺しただけかもしれない。

 

子供には子供なりの理由が存在する。それを怒りで叩き潰してしまったら、素直に言うことを聞いて改善しようと思えないのではないか。

 

実際、私と違って妻はこれまでよく子供たち、特に息子に怒ってきた。怒りをあらわにしながら注意するし、怒鳴ったりもする。

 

客観的に見れば明らかに息子が悪い案件であっても、怒鳴られた息子は「納得できない」という表情をする。時には徹底して反抗することもある。

 

6歳児の無謀な反論は荒唐無稽で意味不明なことも多いが、不満をもった息子が納得することはない。その不満は溜まりに溜まって最近爆発し、出した結論は「悪いのはママ」である。

 

私見としては、子供たちを叱る・注意する・改善点を伝える前に、子供たちを受け入れ、怒りを克服する必要があるのではないか。子供たちの言動・行動をまず受け入れなければ、子供たちをより良い方向へ導くこともできないのではないか。

 

何が言いたいかって言うか、まずは子供たちへの尊敬ありきだよなー、ということである。よっぽど命知らずな行動をとるなら怒鳴り散らすのもありかな。

じゃあお前は尊敬しているのか問題

偉そうに書いてきたが、じゃあお前は子供たちを尊敬して声かけできるのかよ!認めているのかよ!と言われれば、決してそんなことはない。

 

はっきり言うと、私は発展途上のクソ親父である。まだまだ改善点が多く残っていて、現時点では毒親と罵られても反論できない。

 

上で書いた通り息子に、

 

「もし暇だったら、○○片付けをお願いできる?」

 

と伝えてみたとしよう。でも息子の返事が以下のような冷たいものだったらどうだろうか?

 

「いやだ」

 

これだよこれ。ここで、怒りが跳ね上がるわけだ。

 

何がイヤだだよクソ野郎が、無視してやる!!!

 

って思ってしまうわけだ。尊敬とは程遠い反応で、怒りのスイッチが入ってしまう。もし私がこんな息子まで受け入れられるなら、笑顔でこう言うよ。

 

「あぁ、今は嫌なんだね、邪魔して悪かった。ただ次は”いやだ”じゃなくて、”今は〜だから、できないよ”と理由もつけて優しく言ってくれると、お互い気持ちがいいと思うよ」

 

この対応、自分で書いててなんですけどめちゃくちゃ神がかってないですか?理想に近い。

 

お互いが気持ちよく過ごせるようなコミュニケーションの基本を伝えて、どうするかは息子に選ばせる。決して強制することはなく、冷静に改善点を伝える。

 

そんな対応をするためには、息子をまず受け入れる必要があるのだ。受け入れられない私では、むかついた息子に復讐すべく軽い無視をするのが関の山なのである。

 

さらに加えると、息子を受け入れられない弊害として、注意する必要もないことにイライラすることも多くある。

 

今はもう慣れたが、ある時から息子が自らのことを『オレ』と呼ぶようになった時。

 

息子のくせにオレとかクソ生意気だな!!

 

イライラして仕方がないが、どこからどう見ても好きにしたらいい案件だ。ただ変わった息子を受け入れられないおじさんがそこにいるだけ。私の問題だ。

 

叱るべき案件も確かにある。でも叱る必要のない案件なのに受け入れられずにイライラすると、叱るべき案件にも影響が出る。感情と理性がごちゃごちゃになって、何が叱るべき案件なのかもわからなくなる。

 

命を危機に晒したことを叱る前に、親の言うことをきかなかった怒りに負けてしまう。

 

何と言うか、子供たちが次につなげられるようなヒントを与えることすらできないのが、今の私なのです。悲しい現実ですね。

発展途上のとんぼ

そんなまだまだ改善点が目白押しの父の頭の中を書いてみた。

 

一応、息子に対するイライラはかなり、いや、激減してきている。少しずつ受け入れられるようになってきて、冷静に私見を伝えられることも増えてきた。

 

朝っぱらからめちゃくちゃ話しかけてくる息子が邪魔くさいなと思っても、以前は「はぁ。そうだね、うん、あぁ」と生返事で気分が悪いことを示し、その後に筆記開示でストレス対策をとっていた。口を開けば嫌味しか出てこないからだ。

 

でも最近は「君は朝から元気だね。パパは朝はやることがあって集中してるから、車の中で話ししよう」といった対応ができることも。

 

あとはやはり、親の言動か。息子におすすめできない言葉を親が使っていたら、正直かなり分が悪い。パパとママが普通に使っている言葉をおすすめできない意味がわからない。

 

家族と気持ちよく過ごしたいなら使わないほうがいい言葉を、親が子供たちに使う理由とはなんぞや?こんなん論理的に説明できるわけもなし。

 

改善点を伝えることも時には叱ることも重要だし、普段の親の言動・行動も同じように重要である。

 

そんなわけなので、息子を受け入れる方向で、尊敬を示すように努力してきたのはそう悪くはなかったのではないか。その延長線上に、息子に考えるヒントを与えられる私がいるのではないか。

 

と、思ったわけですが、いかがでございましょ。

 

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1ヶ月続いた休校対応が無事に解除されることを素直に喜びたい話

周りでは完全にコロナが落ち着いた田舎住まいのとんぼである、ごきげんよう。

 

子供たちが通う学校では分散しての登校が始まりつつある。学校は短時間だが、今のところコロナ落ち着いているし、田舎だし、もう子供たちを学童やデイにいかせてもいいよね。

 

そんな話で無事にまとまったので祝砲代わりの自分語り記事である。

意外と充実していた休校期間中

近日、子供たちの相手から解放される。嬉しい気持ちもある反面、名残惜しい感覚がある自分に驚いている。

 

子供たちの相手なんてしんどいだけじゃんと思いつつも、なんだかんだで家族のために何かをやっている毎日は充実していたんだろう。

 

さて突然だが、ここで私とんぼの人生におけるもっとも重要な価値観を三つ紹介する。

 

家族

自己成長

健康

 

ここ1ヶ月は、コロナの対応におわれた。自粛と感染症対策を徹底することで、高齢の実母や、義母、義理の祖父母に感染が及ばないようにした。

 

高齢の家族にうつったら大変だと、子供たちは学童もデイもあいてるのに休ませることにした。朝から息子と数時間遊び、そのあとは娘と夕方まで過ごす。

 

子供たちと長時間過ごすには自己成長せねば乗り越えられないし、健康状態も維持せねば殺されてしまう。家族のメンタルも維持せねばならない。

 

わかりやすいくらいに、私にとっての重要な3つの要素を満たす時間だったわけであります。決して楽じゃないけど、楽しい日々だったってことさね。

 

何より息子との関係性が改善したのが大きい。むかつく息子と過ごさざるをえない時間が私を強制的に成長させた。ありがたい。

 

近い親戚や家族がコロナにかかっていたらまったく違う結果になっただろうが、おかげさまでみんな感染せず、今日も子供たちはよく笑っているし、ちょっとした夏休み感覚で終えられたのは本当に運がよかった。

 

これからも気を緩めずに感染症対策に努めたい。

それよりも勉強できる嬉しさよ

コロナの問題はまだ燻っているし、完全解決するにはさらに時間がかかりそうな気配がある。

 

ただ、それよりも、今は勉強と仕事ができることを喜びたい。

 

やったぜ!勉強していいの!?思う存分仕事していいの!?まじで!?こんなに嬉しいことないんだけど!

 

いやーほんと、書きながらニヤニヤがとまらない。せっかく勉強してるのに、娘が昼寝を短時間で済ませて起きてきたら勉強タイムが終わってしまう。

 

読みたい本も頭に叩き込みたい本も山ほどあるのに、新しい本に手をつけられずに復習の時間だけでおわる。というか復習すら満足にできていない。

 

全体で2時間程度しか時間がとれなかった。このブログとちょっとした仕事は睡眠時間を削ってやってたけども、時間がなさすぎる。

 

これがなんと、朝の8時半からフリータイムだという。子供たちを送迎して、朝8時半から娘が帰宅する17時半まで、やりたいようにやっていいという。

 

朝から一人でゆっくり散歩してもいいし、瞑想してもいいし、勉強の休憩中はエアロバイクを漕ごうかしら?ココアを飲んでベランダで至福の一時をすごそうかしら。

 

コロナ前は本当にこんな生活してたの!?って思ってしまうくらいに、時間が溢れている。こんなに喜ばしいことはない。

 

イレギュラー尽くしで生活もぐっちゃぐちゃだから、少しずつ整えていきたいね。習慣もつくりなおしだなー

次の緊急事態宣言へむけて

しょーもない自分語りだけども、正直最近はブログ書くのもいっぱいいっぱいな状態。ぎりぎりだね、よくやったわ。

 

とりあえず田舎で人も少ないから一旦はコロナが落ち着いたけども、完全に自粛要請がゼロになるのはいつのことになるかわからないし、またコロナ感染者が増えることも想定される。

 

子供たちが学業に戻れたとしても、感染者が出れば再度おうちにひきこもりになるはずだ。

 

それはそれでいいんだ。その時はその時だから、とりあえず今、感染者が少ないうちに家族みんなの体勢を整えて、次にくる非常事態にむけて準備をしよう。

 

亡くなっている方も大勢いるし、今でも入院中で苦しんでいる方もいる。高齢者だから死んでもいいって、馬鹿言っちゃいけない。私の家族が、家族が愛する人が死んでもいいなんて絶対に許さない。

 

家族も自分も自分で守るしかない。今回改めて実感できたことである。死を間近に感じると、本当に必要なものがわかる。ある意味で、いい機会であった。

 

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発達障害の娘を見下す息子の発言が目立っていて普通に許せない話

息子といい感じにやっているとんぼである、ごきげんよう。

 

かなり仲もよく笑顔で話すことも多いのだけど、時々出てくる娘への発言にカチンとくることがある。私の感情も考察しながら書いてみたい。

娘が怒った時の処理の話

ある朝の話。この日の娘は寝不足だったのか、寝起きから気分が悪い。着替えやご飯もぐずぐずとやっていて、珍しく朝から歯ブラシをくわえていた。

 

で、案の定、何かのきっかけで歯ブラシをぶん投げたのである。日常茶飯時みたいなもんなのでそれはそれでいいのだが、そのあとの息子の一言が引っかかる。

 

「姉が暴れてるから、Eテレ見させたら?」

 

これ。本当にただのこの一言が、すごーく引っかかる。

 

見させるってなんだ?娘が怒っているから、Eテレを”見させて”大人しくさせようってことか?何で君がそんなことを言い出したんだ?

 

というか、お前は何様なんだ?何で弟のお前が姉にEテレを”見させる”んだ?

 

一瞬でぶわーっと頭に血がのぼり「Eテレ見るのは君もだろ」と嫌味を言ってしまった。おそらく息子は純粋に、Eテレを見たら落ち着くと考えただけだとは思うが。

 

こういう発言が苦手なんだよねぇ。

娘が叫んだ時の物真似

さらにもう一つ。先日義母宅で4人で風呂に入った時、風呂上りに娘が奇声をあげた。最近よくある奴で、

 

「あ”あ”あ”!!!」

 

と体の中の怒りとか不安とか不満とかすべてを吐き出すような感じの叫び。

 

家族みんな慣れたもんなので、別にびっくりもしない。どうしたの?とか、嫌だったんだねとか声かけをするだけなのだが。

 

その時の息子が、娘の真似をしてこう言った。

 

「うるさい、しちゃったー」

 

これね。娘が奇声をあげたあとによく言うセリフ。「あ”あ”あ”しちゃったー」とか「うるさい、しちゃったー」と悲しそうに言うのだが。

 

その娘の物真似をヘラヘラ笑いながら、息子がやりだした。

 

いやぁ、怒髪天を衝くというやつだ。さすがにこれには全力で怒りをあらわにしてしまった。

 

「私はそういうの嫌いだよ」

 

と冷たく言い放っても、息子はまだへらへらして、「うるさい、しちゃったー」「うるさい、しちゃったー」と何度も何度も物真似をする。

 

ほとんど冗談しか言わない私が「私は本気で怒っている、気分が悪い」と何度か告げるとさすがにやめたのだが、その後にドライヤーしてほしいと甘えてくる息子を完全拒否。

 

娘を見下し、馬鹿にする息子は受け入れられなかった。

 

数分後に少し落ち着いたので、人を馬鹿にするような物真似をやめた方がいいと注意。

 

馬鹿にしたつもりはないと言い訳する息子の物真似を何度か演じ、嫌な気分になることを確認してもらうと、次からはしないようにすると約束してくれた。

 

その後の息子は言っていたぞ。

 

「親友にこんなのやったらぶちぎれられる」

 

ってさ、親友にはやらないことを家族にするんじゃねーよ!!!

 

はー、イライラした。頭がおかしくなりそうだった。

結局は親の問題か

以前の私は息子と競争していて、絶対に息子に負けるまいとしていた。それも改善して、最近ではほぼ10割、負けるようにしている。

 

息子の「オレの方がうまい!」「パパは下手!」的な発言に何も感じなくなったこと。これは一つ成長したと言えるだろう。私が息子に勝つよりも重要なことがあるからだ。

 

ただ、この問題とはまた別口の奴だな。息子が娘に対して、見下したような、下に見るような、息子の方が上であるかのような発言は、普通にきつい。

 

ぶわあああああっと怒りが跳ね上がるのがわかる。放置してたらまずいやつだと私の心が告げている。絶対に見過ごすなと魂が叫んでいる。

 

はぁ。でもこの問題は以前からずーっと燻っていて、何度かブログにも書いている。何度考えても、答えは変わらない。

 

息子は変えられないのだから、親が変わるしかない。

 

息子が娘を見下すような、馬鹿にするような発言をするのは、十中八九、周りにいる大人たちの影響だ。私や妻、義母などが、娘を馬鹿にしているように少なからず感じているのだろう。

 

Eテレを”見させる”のだって、私や妻が無意識に使っている可能性が高い。使った記憶もある。怒っている娘を大人しくするためにEテレを”見させる”のだ。息子にだってYouTubeを”見させる”。

 

「うるさい、しちゃったー」といった発言も、馬鹿にすることはないが、初めて聞いたときは「うるさい、しちゃったーってなに?w」と笑ってしまった。

 

本当は娘は苦しんでいるはずなのに、周りの親はそれを真摯に受け止めずに、笑ったり、いい加減にしてほしいという反応もしたりする。

 

こんなの氷山の一角で、日常的に私たち親が、娘や息子を完全に下に見ているような発言をしているんだと思う。そうでなきゃ、息子がこんな言葉使うわけないもの。

 

息子自身が娘より上だとか、私より上だと感じるのは仕方がない。きつく言って反省させたところで、何かが変わるとは思えない。すべては息子次第なのだから。

 

だからこそ、私が娘も息子も対等な一人の人間として認めていかねばならん。言葉遣いを気を付けるというより、意識を変えなければならない。

 

ブログに書く言葉すらも変わるくらいの変化が必要だ。認知行動療法でなんとかなりそうな案件だが……ふむ。ちょっと意識して対策してみよう。 

 

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散歩中の息子と妻の手を繋がせて歩かせたら大失敗した話

息子と遊ぶのは普通に疲れるとんぼである、ごきげんよう。

 

毎日ニコニコしながら息子と遊べるようにはなった。ただ遊べるからといって疲れないわけじゃない。6歳の体力は異常で、遊びが延々と終わることはない。

 

そんな疲れもあって、余計なことをしてしまったのである。

妻とも手を繋ぐ練習をさせたら大荒れ

先日の土曜日。この日も4人で散歩。人っ子一人いない広々とした山へ散策へ出かけた。

 

出かける前に妻と娘が昼寝していた1時間前後、私は息子とひたすら遊んだ。コマで遊び、戦いごっこをして、暴れて遊んだ。

 

もういいだろ、って思っちゃったのだ。こんなに遊んだあとで、また息子と手を繋いで走るのか?しんどい、ちょっとは休ませろ。そう思った。

 

そこで、息子にたまには妻と手を繋ぐようにと提案したのである。君たちが手を繋いでるのを見たことがないと、私も少し疲れたから、今日はママと手を繋いだらいいと。

 

妻も息子との関係を改善しようとしているから、という建前もあるし大丈夫だろうと思ったのだが。

 

想定していた以上に息子の拒否がすごいのだ。

 

「えー、なんでパパと手を繋げないの?」

「少しだけママと繋ぐの?少しだけって何分?」

「10分だったらいいよ。10分たったらパパと手を繋ぐよ」

 

さらに車にちょうど置かれていたキッチンタイマーを持ち出してきた息子。片手は妻と手を繋ぎ、片手はタイマーを持ってチェック体勢。

 

「10分タイマーセットしたよ!なったら交代だよ!」

「ぱぱ、あと9分だよ!」

「ぱぱ、あと7分だよ!」

「ぱぱ、あと(略)

 

随時時間を報告してくる息子を見て、うわぁ……失敗した……と心の中で頭を抱える。

 

10分だけだったら、という条件づけはもちろん、最悪なことにタイマーまで持ち出して何度も何度も時間を報告しやがる。

 

これ、隣で手を繋いでいる妻が一体どういう気持ちなのか。何で手を繋ぐだけでここまで言われないといけないのか。

 

娘とマイペースで歩く楽しい時間だったはずなのに、どうしたもんかとぐるぐる頭を悩ませてるだけで10分が過ぎてしまって、息子と修行の時間が始まった。

息子に注意して聞いてみたところ

その後、明らかに気分を害した妻に平謝りをして、これからは妻と息子を半強制で手を繋がせることはしないようにすると約束した。申し訳ない。

 

さらに妻の気持ちをまったく理解していないだろう息子と二人きりになったので、さきほどの言い草を注意することにする。

 

パパと手を繋ぎたいのはいいが、ママも君と手を繋ぎたいのだと。それなのに、タイマーまで持ち出して早く終われ感を出すのはさすがにひどいと。あんまりだと。

 

さらに、なぜ妻とそんなに手を繋ぎたくないのか、理由を聞かせてもらった。それが以下の二つ。

 

・ママは怖い

・ママはオレのことを嫌いだと思う

 

これまでの息子に対する妻の態度の影響だろう。息子はママに愛されていないと感じているらしい。

 

他にも「パパはオレのことすきでもきらいでもない」「ばぁばもオレのことすきでもきらいでもない」だって。

 

おいおい、愛されている感ゼロじゃねーか。まいったな。とりあえずみんな息子のことが好きだよと告げたけど、言葉だけじゃ伝わらんのが愛なんですよね。

妻の課題に首を突っ込むのはやめよう

そんな感じの出来事もあり、妻と二人の時に話すのはもっぱら息子の話。

 

私も妻が息子と向き合ってくれることが嬉しくて調子に乗って、ああした方がいい、こうした方がいい、こう考えてくれと偉そうに言ってたら、妻は怒ってしまった。

 

さらに怒った妻にも「怒りで私を支配しようとするな、怒ったところで私は黙らないし、何も変わらない」と畳みかけてしまった。

 

我ながらひどいなと猛省し、その後ちゃんと謝罪して仲直りしました。

 

妻は妻で、今息子への怒りや受け入れられない部分をなんとかしようと頑張っている。今までの自分から変わろうとしている。

 

上に書いた散歩の時も嫌な思いをしながら息子と手を繋いでいたし、土日は息子とコマまわして遊んだり、かくれんぼしたりしてくれた。率先して息子と遊ぶ妻は(失礼ながら)あまり見たことがない。

 

今まで通り文句を言いたくなったり怒りそうな場面では、極力何も言葉を出さないようにして息子との関係性を良好なものにしようとしている。

 

ちゃんと前に進もうとしているのに、私があーだこーだと言ってたら気分が悪いのも仕方がない。

 

私だって息子の顔もみたくない最悪な気分の時に、手を繋げ、遊べって言われたら世界が終わったかのような気分になるんだから。

 

というわけで、今後は妻と息子の問題に口を出すのはやめにする。妻ならきっと大丈夫だと信頼して、私は私にできることをしよう。

 

これが課題の分離ってやつだな。私も人に偉そうに語れるほどのもんじゃないしさ。

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息子と妻のバトルの裏で、娘が少しずつ情緒不安定になっている話

育児は止まったら死んでしまうなと実感しているとんぼである、ごきげんよう。

 

最近は息子VS妻の話を書くことが多い。それが我々夫婦にとってもっとも重要で緊急度が高い問題だからである。

 

だからといって、娘の状態が安定してるわけではない。最近、少しずつ娘の様子がまたおかしくなってきた。規則性がない感じで、情緒不安定としか言いようがない。

娘の最近の情緒不安定っぷりをまとめる

お腹がやたらとすく

娘はちょっと前まで食欲もそこそこ、てんかん発作があったらほとんど何も食べないという状態だった。

 

肉付きがよかった体はみるみる痩せた。痩せたというか、バランスのとれたプロポーションになっていた。妻も今が一番いいという。

 

だが最近は食欲が暴走気味。常にお腹がすいているのか、出されたものは必ず全部食べる。暇があればキッチン周りをうろうろして、冷蔵庫を開ける。

 

先日は、私と一緒にカレーライスを食べたあとに、義母からいただいた炊き込みご飯もスープも完食していた。理想の体も、きっとすぐに元のぽっちゃりに戻るだろう。
 

思えば定期的に食欲が暴走してて、痩せて太って痩せて太ってを繰り返しているな。あまりよくない気がする。

睡眠に問題がで始める

機嫌が悪いのか眠れないのかわからないが、最近は就寝時にちょっと問題が発生し始めた。

 

例えば昨日、妻と娘が昼寝をするときに、何が嫌だったのか泣きながら暴れて妻を蹴りまくっていた。「ねたーい」とは言うのに、寝ると怒り出す。寝なくても怒り出す。

 

夜の就寝前にも、大声で叫んで身体中を振り回してかかと落としを連発。これまで寝室に入ったら1分で眠っていたから、何が気に入らないのかもよくわからない。

 

さらに昨夜は明け方4時に覚醒したらしく、ぎゃーぎゃーと怒っていた。眠れなかったらしい。夜間の不眠で、日中の体調に悪影響が心配される。

機嫌がいい時と悪い時の差が激しい

基本的に機嫌が悪いわけではない娘。最近はよく喋り、歌もうたいダンスも踊る。発語レベルも上がっている。

 

今朝も、プリキュアが終わったらEテレを見られると思った娘は笑顔で叫んでいた。

 

「これおわったら、○○(娘の名前)のばん!」

 

実際は娘の番ではなく息子の番だったので、優しくそれを伝えるとすんなり受け入れ。息子のYouTubeを喜びながら一緒に見ていた。

 

言葉の理解力もあがり発語レベルも上がっている。調子はいいはずだ。

 

でも何が気に入らなかったのか突然息子を叩いたり、息子が見ているチラシをぐしゃぐしゃにする。さっきもキッチンにあるスプーンを突然壁に叩きつけていた。

 

大声の奇声を叫ぶことも目に見えて増えた。あ”ー!!とかい”い”い”い”!!とか。

 

自分で大声をあげたあとに「うるさい、しちゃったー」と悲しそうな声をあげたりする。何かがたまってたまって、大声を出さないと気が狂いそうなんだろう。

一応は仲良くやっている

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息子の記事を書くことが多いから自分でも錯覚しがちだけど、どちらかといえば私は娘と二人きりで過ごす時間の方が圧倒的に長い。

 

自粛期間で娘に対する理解も少しずつ深まってきた。朝に2時間テレビを見た娘はイライラしてるけど、私と散歩にいくと笑顔が増えてくる。「さんぽ、いこうねー」と嬉しそう。

 

帰ってきての絵本を読み聞かせも「これはー?」と質問した方が楽しいみたいだし、一緒におかあさんといっしょを見て歌ったり踊ったりすると喜ぶこともわかった。

 

主張がうまくできないから一人で楽しんでいるように見えることも、娘は一緒に遊びたいのだ。最近は私の膝の上にのってくることも増えている。ふっふっふ。

 

情緒不安定気味ではあるけれどてんかん発作は少ないし、以前よりは仲良くやっているように思うが。どうなるかなぁ。

 

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朝から挨拶も返さず無言状態の息子の態度が苦手だと気付いた話

妻に負けじと息子へのイライラ対策を行っているとんぼである、ごきげんよう。

 

息子にイライラするのはどんな時か、探っていくと面白い事実に気付く。朝、それも寝起き直後の息子にイライラすることが多いのだ。

 

これは面白い発見なので、記していきたい。

子供とは自己中心的な存在だと思い知らされる

よくある朝のパターンを紹介する。基本的に私以外の3人が7時ごろに起き出して、その5分後あたりに私がのそのそと寝室から出てくる。

 

子供たちが着替えていたりご飯を食べていたりするので、必ず「おはよう」と挨拶することにしている。

 

数ヶ月前にも同じような記事を書いているぞ。 

◆子供達におはようと挨拶しても無視される恐怖を脱感作で乗り越える会

 

挨拶はするものの、無視されることはわかっている。娘がおはようと返すことはまずないし、息子も完全無視が多い。こちらも見ないしスルーが基本である。

 

娘はわかるとしても、息子のスルーは今でも普通に傷つく。だから挨拶をする前から、朝起きた瞬間から私はストレスを感じている。

 

思えば、このストレスは挨拶だけの問題ではない。基本的に、朝の息子の態度は冷たいからだ。何も喋らないこともあるし、口を開けば低い声で不満を言ったりする。

 

「ごはんは?」

「これいやだ」

「今日なにするの?」

 

怒っているんじゃないかと感じるトーンで話すのである。話さない時も無表情で無言状態。今日も30分ほど何も言葉を発していなかった。

 

この感じが、おそらくかなりのストレスになっている。私は朝の息子が苦手なのである。

 

そう認識することから始めよう。

何がむかつくって態度が変わること

息子の朝のいやーな態度はしばらく続く。特にテレビを見たりすると、この冷たい息子でいる時間が長引くように感じる。

 

さらにむかつくのが、しばらくしたら態度が様変わりすること。

 

さっきまで挨拶しても無視して話しかけても返事もしなかった奴が、急にニコニコして「パパ」と手を広げて抱っこしろアピールをしてくる。

 

それがもう嫌で嫌でたまらない。絶対に抱っこしてやるものかと拒否してしまう。何でこんなにいやなんだろうと思ったら、そうなんだよね。

 

はぁ!?なんで朝っぱらから舐め腐った態度をしてきたお前を抱っこせにゃならんのじゃ!!どういうつもりだよ!!

 

眠いのか未覚醒なのか何なのか知らないが、最低限の礼儀もないくせに自分だけは抱っこで愛を感じたいって?馬鹿言ってんじゃないよ。

 

そんな怒りなんだろう。

 

今まではあまり意識してこなかったけども、私は寝起きの息子を避けている節がある。できれば話しかけたくないし、近づきたくない。できる限り距離をおきたいと思っている。

 

逆に、朝から異常なハイテンションで踊りながらぐいぐい迫ってくる時もあって、それはそれで距離をおきたいと思っている。

 

子供と生活するのは、簡単じゃないな。

これからどうするかを考える

最後にこれからどうするかを考えて終わりにする。

 

なぜ息子の態度が朝だけ違うのかと考えると、答えは意外と簡単だ。寝起きだから、眠いから、朝だから、気分がのらないから。

 

時間の経過によって脳と体が覚醒へ向かえばいつもの息子になる。要は、朝の息子は未覚醒状態ということだ。

 

たくさん寝たんだから元気!というのは勝手な思い込みで、夜に眠くなって口数が減る状態に近いのだろう。

 

テレビを見せるとこの状態が長引くのは、何も考えずにぼーっとテレビを見続けるから覚醒が促されないのだと思われる。

 

ふむ、この記事を書くだけでもうOKっぽいのだが、一応リフレーミングとして明日の朝から私の意識を切り替えることにする。

 

×朝の息子は人の感情を逆撫でする挨拶も返せないクソ野郎

○朝の息子は脳も体も未覚醒で、半分眠っているお寝坊さん

 

と言う感じでいかがだろうか。これで少しは朝のストレスが解消されるはず。

 

あとは覚醒を促すためにテレビをつけないこと、咀嚼する朝食をメインに出すとか、朝から走らせてみるとか?睡眠不足の疑いもあるが……10時間寝かせているんだけど。

 

うーむ、とりあえず今回はリフレーミングで私のストレスが軽減されればよしとしよう。

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息子の異常な執着心が私だけのせいにされてきた過去の恨み節

最近は妻と息子の確執について書く機会が多いとんぼである、ごきげんよう。

 

自粛期間中に出てきた妻VS息子の問題は根深く、まだ解決していない。昨日も息子が心に闇を抱えていたのか、義母に八つ当たりして大喧嘩。

 

結果、妻が義母から呼び出されて説教をうけることになった。この機会に考え方を変えてくれると嬉しいのだけど、実はこの問題について以前からずっと根に持っていたりする。

父にやたら執着する息子

私が息子と初めて会ったのは、息子がまだ1歳の時。たまに遊んでくれるおじさんだった私は、息子とも娘ともよく遊び仲良くやっていた。

 

そして一緒に住むようになったのが息子が3歳の時だ。

 

慣れない子育てに家事に自宅での仕事と結果的にメンタルはやられてしまったけども、体調不良やイライラがピークじゃなければ、私はそう悪くないお父さんだと思う。

 

ブログに書くのがいつも怒っていることなのは、ネタとして面白いからだ。息子と朝から晩まで笑顔で幸せに遊びました。めでたしめでたし、ではちょっとなぁと思うわけである。

 

実際は息子とも笑顔で遊ぶことも多いし、出かけたら息子と必ず手を繋ぐし、基本的に息子の質問を無視することはないし、元気があれば一緒にひたすら走り回って、抱っこをして、戦いごっこをしている。

 

元気な時はね。以前にこんな記事も書いたんだが。

◆息子に愛を示すと息子からの愛が返ってくることが私の精神を破壊する

 

私が元気で息子に上記の対応をしたら、息子は物凄い勢いで私につきまとうようになる。まじで、異常なくらいに私に固執するのだ。

 

外に出たら必ず私と手を繋ぎたがる。ママと手を繋いだらと言ってもいやだという。一緒に手を繋いで走らないと怒るからいやなんだが、私としか手を繋ぎたがらない。

 

夜には必ず私にだけ抱っこをせがみ、パパだっこしてと、何度抱っこしてもしつこいので、ママにも抱っこしてもらったらと促してもイヤだという。

 

抱っこが終われば背中からしがみついてくる。トイレにもついてくる。休日もパパ遊ぼう遊ぼうとついて回る。

 

いやまじで、こっちの機嫌がいいと思ったらずーっとパパパパパパパパパパパと、最終的にもう勘弁してくれ!!!となってしまうのである。

 

体調も機嫌もいいとはいえ、受け入れるのも限度がある。

 

何で私にばっかり執着するんだ?ママはどうしたよ。いくら何でもしつこすぎるし、恐怖を感じるレベルで執着してきて、結局耐えられずに私のメンタルはやられてしまう。

 

これを繰り返してきたのが、結婚してからの3年間である。

妻の対応がおかしくないか?

こんな息子なので、過去に妻に文句を言ったことが何度かある。

 

息子が私にやたら執着するのは、妻の対応がおかしいからではないか。息子はママが怒るからと手も繋ぎたがらないし抱っこもせがまないし、私にばかりくっついてまわる。

 

ちょっとおかしいだろと、妻がもっと言葉遣いや声かけを変えてくれたら私にこんな執着しないんじゃないかと不満を伝えたのだ。

 

これに対して、大体は以下のように返される。

 

「私(妻)は今までずっと同じようにやってきた。私よりも、あなたに問題がある。あなたはイライラしてたり体調が悪いことが多いから、息子はあなたの愛情が本物なのか不安で、それを確認しているんだよ。愛情不足の裏返しなんだよ」

 

うむ。ぐうの音も出ない。確かに私はイライラすることも多い。機嫌が最悪な時もあって顔すら見たくなくなる時もある。

 

何で息子は妻には甘えないんだと何度も伝えたものの、結局すべては私の責任だということになり、仕方がないので私はずっと自分の心を何とかしようとやってきた。これとか。

◆息子に溜まっていた怒りを紙に書き出してどす黒い感情を吐き出した話

 

でだよ、自粛期間が始まって、私は毎日一対一で息子と遊べるほどに成長した。注意することもあるが、ずっと笑顔で走り回り遊んでいる。

 

息子も満面の笑顔だ。1日に10回以上も抱っこをする。振り回してメリーゴーラウンドもする。卓球でミスったら全力で悔しがり、散歩ではほぼ息子とかけっこ状態である。

 

散歩しながらハリーポッターを1巻から7巻まですべて内容を話して聞かせた。ドラゴンクエストも1~6までを面白おかしく紹介した。

 

息子は喜んでいるの。本当に、心の底から喜んでいると思う。だって私は息子に怒ることなくほぼすべてを受け入れ、息子の遊びには全力で応え、 一緒に笑っているのだから。

 

で、これを自粛期間中ずっと続けてるんだけど、息子の私に対する執着は変わらない。相変わらず妻とは手を繋ぎたがらないし、妻に抱っこもせがまない。

 

いっぱい遊んで満足してるはずなのになぜか怒る息子にどうしたのかと聞けば、出てくるのはほとんどが妻に対する文句。

 

ほうほう、そうですか。君は妻に対して不満がたまっているんですね。

 

そうなんだよ。

 

確かに私には問題があったが、妻にも問題があったんだよ!!(どどん!!)

 

いやー、これ書いてわかるのは、私は地味にイライラしてたってことだ。

 

息子の執着は絶対おかしいだろってずっと思ってた。何で妻にはいかないんだよって、何で私にばっかりついてまわるんだよって、これ私だけの問題じゃないだろって。

 

この問題が今、白日の元に晒されたことをまことに嬉しく思う。努力した甲斐があったね。

二人で分担できるとありがたいのだが

かなり恨みがましい記事になったのだが、仕方ない。実際に不満に思っていた。息子の執着を私だけの責任として処理されてきた過去を許せない自分も確かにいる。

 

でも、今の私は神対応してるから!!!私の対応に文句は言わせない!!!

 

妻が全部悪いとは言わないし、早く何とかしろと言うつもりもないけどさ。

 

息子が私だけに執着するのが、おそらく私だけのせいじゃなさそうってことがわかったことが嬉しいだけだ。だって妻の対応は明らかに問題あるのだから。

 

だが、もし妻が息子をもう少し受け入れ、認めて、ちょっとしたことで怒鳴ったり文句を言わないようになったら、きっと息子は変わる。

 

今みたいに私だけとしか手を繋がないことはなくなるだろうし、素直に妻にも抱っこをお願いするだろうし、絶対に遊んでくれないと思い込まずに妻にも遊びをせがむだろう。

 

今は息子が私にだけ100%くるからかなりきつい。いくらメンタル対策しても、あっという間にキャパオーバーする。

 

生みの親である妻からの愛情不足を、ステップファザーの私が埋められるわけなかろうが。やってもやっても終わらないんだぜ、疲れ切って体も心ももたない。

 

今後、息子からの愛情確認を妻と分担できるのなら、こんなに喜ばしいことはない。

 

いやぁ、前向きな内容を書こうとしてたのに、終わってみると文章から溢れ出る怒りの感情がすごいな。ふざけんなって思ってたんだろうね。

 

このブログは妻も見てるので、副音声で言い訳しながら読んでもらうことにしよう。はー、まいったね。

 

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娘が日常的にお漏らしをする回数が増え学校やデイのありがたみを知る

排泄関係には強いとんぼである、ごきげんよう。

 

以前に介護職だったこともあり、子供たちの排泄に対してまったく嫌悪感がない。片付けるのが面倒くさいなーくらいで、何とも思わない。

 

でもお漏らしが増えるなら、それはそれで困ってしまう。

お漏らしが増えた娘

娘と日中に二人で過ごしていた日。

 

朝から映画を見たり、一緒に散歩に行ったり、絵本の読み聞かせ、おかあさんといっしょのファミリーコンサートを見たりと充実した午前中を過ごした。

 

素人の割りには素晴らしい療育だ!とニコニコしながらお昼ご飯を温め始めたところ、後ろからドバドバと不穏な音が。

 

振り向けば、娘が畳の上で盛大にお漏らしをしている。我慢していたのか、おどろくほどの尿量である。

 

やばい!おしっこまみれの娘が部屋中歩き回ったら大変なことになるぞ!!

 

娘のお漏らしが終わる前に雑巾をもってきて、娘のズボンとパンツを脱がし、抱っこしてお風呂場に強制送還。下半身を洗って畳も除菌して、事なきを得た。

 

それはいいのだが、娘のお漏らしを見るのが本当に久しぶりなのだ。それに最近、義母宅にいた日に2回もお漏らししたという。

 

てんかん発作で失禁することはあるし夜もパンパースだけど、日中の何もない時はお漏らしをしなくなっていた娘。

 

尿意も感じるし、放っておいても自分でトイレに行っておしっこしてお尻拭いて手を洗って出てくる娘だったはずだが。

 

調子も悪くないのにお漏らしが目立ってきて、少し心配していたりする。

お漏らしの原因は

少し考えたみた結果、そもそも娘は絶対にお漏らしをしない女ではないんじゃないか?という結論に至る。

 

日中のトイレは完全にクリアしたという私の認識が間違っていた可能性がある。

 

娘が自分でトイレにいくのは大抵、テレビが面白くないとか、やることがないとか、手持ち無沙汰の時にふらふらーっとトイレに入っていく。

 

今回のように、散歩や読み聞かせに興味のあるテレビなど、集中している娘にとっては尿意は二の次になり、お漏らしをしてしまう段階なのかも。

 

何もせずともお漏らししないだろ!と油断せずに、娘のおしっこのタイミングを調査して、定期的にトイレにいくように声かけする必要がありそうだ。

 

まぁ、朝からトイレ行ってないからと声かけしても拒否される時もあるし、水分をすすめても全然飲まないのに何度もトイレにいく時もあるし。

 

正直よくわからん。とりあえず1時間に1度、声かけすることにしようか。

おんぶに抱っこすぎた

そんな最近の娘の排泄事情の話。

 

これまで娘は支援学校にデイサービスをフル活用。土曜日も月2回は利用してるので、一日中一緒に過ごす日はそう多くない。

 

それが自粛生活でほぼ毎日となったため、今まで目に入らなかった娘の課題が見えるようになったんだろう。

 

支援学校やデイがナチュラルにサポートしてくれていた娘のトイレスケジュールや声かけなど、何もわからん。おそらく当たり前のようにやってくれていたことで、今さら感も強い。

 

休みの日は妻が率先してトイレの声かけしてるのも大きいか。私は正直、トイレしたいなら勝手にいくだろと何も考えていないからね。

 

おんぶに抱っこすぎたんだなぁと反省している。

 

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GW最終日。朝っぱらから6歳の息子に口論で負けた妻、泣く

なかなか上手くいかんもんだなぁと頭を抱えているとんぼである、ごきげんよう。

 

GW最終日。今日を乗り越えれば休みも終わり。これまで通り、子供たちの相手をしつつ仕事もできる平常運転に戻れる。

 

疲れを回復させるため家族みんなで朝9時まで寝たのはいいのだが、起きてすぐに妻と息子がバトルを始めてしまった。

イライラする息子と押さえつける妻と

昨日も書いた通り、GW中の我が家は散歩をメインに行っている。 

◆家族のメンタルを健康に保つため人気がない場所を散歩しまくりの話

 

午前中に一回、午後に一回。これくらい歩けば十分だろう。ほとんどどこにも行けない自粛期間中。自宅に朝から晩まで缶詰はきつい。運動する時間が最低限欲しい。

 

GW最終日も、変わらず朝から散歩に行こうとしていた。散歩日和で妻の機嫌もよく、洗濯物を畳みながら妻がみなに声をかける。

 

「よし!じゃあ準備してすぐに散歩にいこう!!」

 

この時の妻は本当に上機嫌。よく眠り体調的にも問題なかったはず。それなのに、そこに待ったがかかった。

 

「まだオレ朝ごはん食べてないんだけど」

 

息子である。不機嫌さを前面に押し出し、明らかにイライラした様子。なぜかはわからないが、何かが気に入らないらしい。

 

「そんな言い方はないんじゃない?」

 

息子の言い草に妻が引っ掛かり、注意。そこから妻と息子の口論が始まった。

 

聞けば、息子は本日の予定を勘違い。散歩にはいかずに映画を見ると思ったらしい。そんな話は一切息子にしていないのだが、何で予定にない散歩に行くのかとご立腹。

 

それとは無関係に、息子に予定を話したか話してないかで妻と息子は大揉め。そして揉めてる時の息子の言葉遣いがまた生意気なのである。

 

「ママが言ってただろ!」

「勝手に決めるな!」

「うそつくな!」

 

細かくは覚えていないが、息子はこんな感じのことを大声で叫んでいた。まーこのような子供の言葉を怒らずにスルーするのは、かなりの修行が必要なのである。

妻が息子に口論で勝てない理由

あまりにクソ生意気な言葉を使う息子に対して、妻はぶちぎれた。

 

「お前は、それが親に向かって話す言葉なのか?」

 

静かに妻は怒り出したのはいいのだが……問題は、それらすべての注意がブーメランとなって返ってくること。

 

「汚い言葉使われたら嫌な気持ちになるだろ!?使うな!」

「ママだって使ってるでしょ!」

 

「何で汚い言葉を使うの!?」

「口が勝手に動くんだよ!!オレはやってない!!」

 

「口が勝手に動いたら何言ってもいいの!?それはお前の責任だろ!!」

「じゃあママはいいの!?」

 

「ママはお前に……あんたに汚い言葉を使わないように努力してる!!何であんたは努力しないの!」

「勝手に決めるな!!!」

 

「いいから汚い言葉を使ったことを謝れ!!」

「なんで!?何でオレが謝るの!!?」

 

これを朝っぱらから見ていたのだが、あぁこりゃ息子に勝てないわと思う。6歳児とはいえ、こやつは完全なる自我を手に入れている。

 

汚い言葉を使うな、強い言葉を使うなと言ってくる相手が強い言葉を使ってくるのだから、到底納得できるわけもない。

 

頭ごなしに怒鳴りつけて、お前が悪いと言い放っても、納得しなければ謝ることはない。納得しなければ話を聞き入れることもない。

 

このやり方で従わせたいなら、次は暴力に手を出すしかない。ゲンコツして顔を引っ叩いて飯抜きにして、お前が悪い!と物理的に押さえつける以外にない。

 

結局、怒鳴ってもどうにもならず、暴力をふるうことをもできない妻は泣いてしまった。

 

「もうあんたとは一緒に生活できない」

 

こういう物言いもある種の暴力なわけだが、もう一緒に生活できないって本当に思っちゃうほどに嫌悪感がすごいのもわからなくもない。

 

そう簡単じゃないんですよね。

この問題は妻の問題だ

その後、このまま自宅にいると家族が崩壊しかねないこともあり、予定通り四人で散歩に出かけた。息子はずっと私と手を繋ぎ、ずっと私とばかり話していた。

 

好きなDBやワンピースをしながらも、表情はどこか切なげで、朝の喧嘩をひきずっているのがわかる。ママが泣いたのだから、少なからず罪悪感を抱いているのだろう。

 

ただこの問題は、妻の問題である。息子は自己中かもしれないし、わがままで他人のことをまったく考えていない言動・行動ばかりかもしれないが、それが私たちの息子なのだ。

 

その息子をどのように受け入れていくのか。果たして受け入れられるのか?受け入れずに頭ごなしに叩き潰すのだって、妻次第だ。

 

夫婦とはいえ、他の誰かが何と言おうと、これからどうするかを決めるのは妻なのである。

 

一応息子にも妻にも声をかけつつ、なんとか調和できるようにフォローしてはいるけど、根本的な問題は私にはどうにもできないんですよねぇ。

 

それに偉そうに語っている私だって、息子にイライラすることは普通にある。

 

さっきも、娘と息子二人だけで昼食を食べるように食事を提供したら、娘が怒り出してお皿を叩き飛ばしてしまった。

 

それを見ていた息子がいう。

 

パパ、姉はママがいないとご飯食べないんだよ。今度から気をつけて

 

……あ、あのさぁ。

 

ママはお前といると頭がおかしくなりそうだから、一緒にご飯食べたくないって言ってるんだが!?何が気をつけてだよ、てめぇらの喧嘩のせいだろくそが!!

 

とかなりイラっとしたという余談。

 

まぁそういうことよ。お互い、変わらないと乗り越えられない時がきているのよ。子供と争ってもいいことないんだけどねぇ、難しいよねぇ。

 

というわけで、GWお疲れ様であった。

 

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