先日、娘の居住地校交流があった。
居住地校交流というのは、特別支援学校などに通っている障害を持つ児童が地元の学校に体験入学する、というもの。地元との繋がりを深めようという目的だったような。多分。
我が娘は今年の三月までは地元の幼稚園に通っていたため、地元の小学校にはお友達や顔見知りがたくさんいる。
娘も喜ぶのではないか?と参加を検討していたのだ。
私としては別に無理して行かなくてもいいんじゃないか派だったのだが、妻が「みんな参加してるから」という謎理論を持ち出していつの間にやら申し込みをしており、先日無事に行われた。
ちなみに私は「親が二人もくっついてたら交流どころじゃないだろ」という謎理論を持ち出して参加せず、妻と娘だけで行ってくれている。ま、まあ普通に行きたくなかっただけとも言う。まだそのレベルには達していないのである。すまんな。
娘の付き添いで行くわけだから、そんな簡単なものではなかったろう。先生も忙しく娘を見守るのは親しかいないのだから。
さて、まあそれなりに上手くいくだろうと楽観視していた居住地校交流だが、妻の感想は、
「ひどかった」
これだ。
何がひどかったのか、妻の苦労を想像しながら書いていきたい。
一年生の図工の時間の参加させてもらった娘。集中して座って粘土をころころと遊んだそうだ。休み時間になると、他のクラスからも娘を知っている幼稚園のころのお友達も集まってきたと。ありがたいな。
そんな中、「しっこー」と訴える娘に、お友達が「トイレこっちだよー!」と案内してくれたそうなのだ。
そしてその中には、幼稚園で娘が一番仲が良かった女の子も。その子は娘をしっかり案内しようと、娘の手と腰をとってトイレまで案内してくれたのだそう。
すると、
バンバンバン!
と、体に触れられたのが気に入らなかったのか、娘がその子の腕をものすごい力で叩き出したそうだ。妻が止める間もなく、何度も叩いてしまったのだ。
すると、どうだろう。もはや小学校一年生の本気の叩き、かなり痛い。
女の子の腕は赤く腫れてしまったが、
「大丈夫、大丈夫だよ。そういえば娘(名前)ってこんな感じだったよね」
と、若干引きながらも幼稚園時代の娘を思い出して笑ってすませてくれたのだそう。その後先生もやってきて様子を見てくれて、そこまで大問題にならなかったと言うが、本当に申し訳ないとしか言いようがない。
そして、その後は支援学級に参加。本来娘が通うはずだった支援学級。
支援学級の活動の一つで、先生も含めてみんなでわいわいとお手玉したようだ。だが娘は会話もできず、またお手玉なんて高度すぎて遊べない。その結果、一人だけ端っこでほろほろするという結果に。
他の支援学級の子がコミュニケーションを取ろうとすると、またもバンバンバンと叩き出して上手くいかなかったそう。相手の子は年上で笑って済ませてくれたそうだ。うーむ。
そんな感じで、私の感想としても
「ひどいな」
ということだ。別にがっかりしたわけではない。ただただせっかく娘に会いにきた友達を叩きまくったり、仲良くしようとした人を叩きまくるという現状を表した一言である。
パーソナルスペースの問題も娘の特性もありはするが、こりゃひどいなと。そして今回の居住地校交流で、わかったことがある。
支援学級に行くレベルではないこと。
誰かが常に見守りしていないと厳しいこと。
以前からわかってはいたが、実際に体験して過ごしてみないとわからんもんだな。
実際、支援学級の中にはおばあちゃんがずっと側についている子もいたそうだ。親だけでなく祖父母までがっつり協力するような体制でなければ、支援学級に通うのはうちの娘も難しいのだろう。
手が出てしまうのは、体が大きくなればなるほどに怪我の可能性も上がるし、人を遠ざけてしまう。女の子だからまだいいが、成長すればどうなるかわからない。早い段階で何とかしたい。
まあ、もう少し成長すれば手も出なくなるかもしれないし、居住地校交流自体は娘にとってもその周りの子たちにとってもいい経験になるはず。
とりあえず今度は、私も参加できるような人間でありたいなと思う。以上。
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