ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父になった話

実家の家族との別れ。寂しい気持ちはあるけれど、必要なことだと思う

引越しがほぼ完了して、実家とは遠いところに引っ越してきた。

 

とはいえ実家に数時間で行ける場所ではあるし、二度と帰らないわけでもない。ただやはり、車で五分の距離にいた今までとは違う。

 

これまで一人暮らしを何度かやってきた期間を除いても、30年近くは実家におんぶにだっこでやってきた。

 

そして結婚してからも、ステップファミリーの父となった私を気遣ってくれた妻の計らいによって、私の実家の近くに住むことになったのだ。

 

それから2年。もういいよね。

必要な2年だった

二人の子供達と妻と一緒に住み始めたのはちょうど2年前。

 

親兄弟以外の誰かと一緒に生活するということ自体が初めてだった私にとっては、かなりハードルの高い生活だった。

 

息子や娘の送迎もそうだし、一緒に風呂に入ったり、妻とだって上手く話し合いながらやっていかなければならない。

 

娘はよく倒れたし、暴力もあった。息子は息子で成長してどんどん口が達者になっていく。

 

押しつぶされそうな私にとって、やはり実家が近くにあるというのは非常に助けになったのだ。

 

何があろうと味方でいてくれる母。私がくだらない自己正当化に走っても、苦笑いで話を聞いてくれた。姉とも仕事の話や家族の話など、ちょっとした話ができるのもありがたかった。

 

何より、どうしようもなくて逃げ出したい時にそこに実家があったのだ。

 

ご飯がなくても実家にいけばなんとかなる。体調不良でも実家に行けば、あとはなんとかしてくれる。

 

この2年、どれだけ助けてもらったかわからないよ。

家族と離れるのが寂しいのは当たり前

助けになったというのもあるが、子供の頃から住み慣れた実家に家族である。

 

そりゃー離れるのは寂しいよ。近くに住んでたらあと千回以上顔をあわせるだろう家族も、遠くに行っちゃったら生涯であと何度顔をあわせられるかわからない。

 

お世話になった母もいつかは亡くなるし、生意気だけども大好きな姪っ子も大きくなっていく。

 

やっぱ寂しいよねぇ。当たり前だよ。実家でずっと暮らせるなら、そうしたいよ。

それよりも大事なことがある

でも、だめなのだ。

 

実家に家族に守られて、子供のまま生きていく。私はそれではダメだと思う。

 

守られる側から守る側になること。何をしても許され、何をしなくても許される立場から脱すること。

 

親だって私だってそりゃ寂しいのだが、いつか笑って恩返しできるような頼れる存在になりたい。

 

こいつの心配は不要だと母が笑って死ねるような存在でありたい。私にできることは、それしかない。

 

今は亡き父には心配や迷惑ばかりかけていた。後悔も多いが父はもういない。もう私の姿を見せることはできない。

 

ならば残った母に、父に見せられなかった誇らしい息子の姿を見せていこうよ。

 

それが私のやりたいことの一つなのだよ。

誰かが何とかしてくれるを変えていこう

引っ越したとはいえ、今生の別れじゃなし、会おうと思えば実家の家族にはすぐに会える。

 

ただ今までのように日常的に頼れるような場所にはいないし、気軽に会いにいけるような距離ではなくなっただけだ。

 

妻の実家はすぐ近くにはあって義母は私にもよくしてくれるけれども、まさか自分の実家のようにふらふら出向くわけにもいかない。

 

そしてこのように実家に頼る思考から抜け出すために、私にとっても必要な引越しだね。

 

私は、最終的な責任をとる覚悟が薄い。自覚しているぞ。末っ子というのも影響しているはずだ。

 

何度も何度も、誰かが何とかしてくれるという思考を矯正しても、実家に行けば自然に責任をとる気がない末っ子に戻ってしまう。

 

これじゃだめなんだ。実家から離れることは、私にとって絶対に必要なことなのだ。

 

寂しさもあるがほぼ理想通りの環境が整った今、今後は妻や実家の家族に丸投げするのではなく、「私」が責任をとるという覚悟をもってやっていきたい。

 

なぜなら私は、家族を愛し、守る側の人なのだから。