ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

子供の頃に親から謝ってきてくれたありがたみが親になるとわかる話

最近息子と大げんかしたあと、自分から謝って仲直りに成功したとんぼである。ごきげんよう。

 

どんな大げんかも、些細な口論であっても、なかなかそれをスルーして日々を過ごすというのは難しいものだ。

 

子供はすでに忘れているかもしれないが、私ははっきりと喧嘩の内容を覚えていて、そしてそれをずっと引きずっているのだから。

 

思えば、私の親も怒っていたし、謝ってきてくれたりした。

 

今回はそんな父や母のありがたさに思いを馳せながら、子供に対する謝罪について書いていきたい。

頭ではわかっていても謝るのは苦行

私と息子の大げんか理由としては私に非があるものだった。じっくり自分の行動や言動を振り返った上で「私が悪い」と判断した。

 

判断したのはいいのだが、それでイライラがなくなるわけじゃない。頭では理解していても感情がついていかないことがある。

 

わかっちゃいるが、私から謝らんといかんかね!?

 

そんな思いが少なからずあったりする。

 

親なのに未熟だと思うだろうか?それは違うぞ、親だって人間なのだ。幼児相手にマジギレし、討論を仕掛けることもある。

 

人の親になったからって、急に人間性や人格まで立派な親になるわけじゃないのだ。

 

それでも喧嘩したあとに顔をあわせて少しずつコミュニケーションをとっていくうちに、まあ謝ってやってもいいかなという気分になったりもする。

 

今回の喧嘩で私も謝罪したが、8割くらいだな。謝罪当時の納得度は。100はなかなかないぞ。

子供の頃の父の対応

私が幼少期〜小学校のころだろうか。きっと、私も親に対して今の息子と同じくらいに生意気だったのかもしれない。

 

今は亡き父がよく怒っていたの覚えている。

 

「もうお前たちに絶対にピザ買ってこないからな!」

「お前たちの言うこともう聞かないぞ!」

 

こ、こう書いてみると、今の我々夫婦とおんなじこと言っているな。親の怒りはいつの時代も変わらんのかも。

 

ただ私の父はこうやって怒ったあとは、次の日にはすっかり忘れている(?)ように見えた。

 

謝ってくることはなかったが、次の日まで引きずることもなかったね。のらりくらりと、私とはいい感じの関係を築けていた。

 

謝らないにしても、翌日まで引きずらないのもなかなかできることではない。私にゃ無理だ。

 

子供の私には、父の怒りがわからなかっただけかもしれないけどさ。

子供の頃の母の記憶

母は母で結構イライラしたり、怒鳴らないまでも怒ったりする人だった。

 

何度か書いているが、私は母に愛を求めている傾向が強かったのかもしれない。母の私への言動が気に入らずに、怒って無視していた記憶がある。

 

小学校の低学年くらいから始まって、中学生とか高校生になっても、怒った私は母を無視して部屋に閉じこもっていた。

 

そんな時には、必ず母が謝りにきていたのを覚えている。

 

家から出ていってやる!というレベルの怒りだった時も、母が謝ってくれたら、まあ、もういいかなという気になったりした。

 

ありがたい。絶対に私から謝ることはなかっただろうが、私に悲がなかったわけでもないだろう。

 

母も大変だったはずだ。当たり前のように謝りにきていた母の苦労が、今になってわかる。お疲れ様だよ。本当に。

子供から謝るのは難しい

過去の親のやり方とか、自分の感情を思い出すと色々と気づくことがある。

 

一つ言えるのは、子供の頃の私が怒った時、自分から謝ることは絶対にしなかっただろうということ。 

 

例え自分にも非があったとしても、自分から歩み寄ったり、ましてや謝罪なんて絶対に無理だった。

 

だからそうだな。親が必ず謝罪する必要はないにしても、親から歩み寄るという姿勢はどうしても必要になってくるだろう。

 

特に、これから小学生・中学生・高校生と年齢を重ねていく子供達だ。

 

行動範囲も広がり、自由の範囲もどんどん広がっていく。

 

その時になってさ、

 

絶対こっちから歩み寄らんわ!!お前から謝りにこい!!

 

そんな態度では、ちょっと先行きが暗すぎやしないか。

 

少しずつ少しずつ、子供達と一緒に成長していきたいね。