ステップファザーにできること

重度知的+発達障害の娘と、二人のやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

2年前に私の周りで続いた信じられない不幸の数々を振り返る話

今日も今日とて自己分析が大好きなとんぼである。ごきげんよう。

 

私が結婚したのは2017年の春。仕事を辞め、新しい家族四人で新生活を始めた。

 

今絶不調なのは慣れない環境での精神的な負担や子供達との関係のハードルの高さにあったのではないか?とも思うが、おそらく要因はそれだけではない。

 

当時の私の周りには信じられないほどの不幸が続いていた。

 

少し書いて整理してみるが、どうあがいても笑える話にはならないので読む方はお気をつけて。

2016年の11月

2016年の9月に当時彼女だった妻から結婚しようぜ!と言われて結婚を決意した我が夫婦。

 

当時は私も仕事の過労でぶっ倒れまくっていたり、子供達との関係を少しでもいいものにしようとしたりと忙しかった。

 

特に挙式をする予定もなく、せめて親戚一同集まって顔合わせの食事会をしようという話に。

 

ホテルも予約して様々な打ち合わせを行い、予定していた11月。その食事会の前日に、私の姉が倒れて救急搬送された。

 

結果的に甲状腺に異常があるとかなんとかで特に命に別状はなく、今も薬で治療をしながら元気に過ごしているのだが、当然食事会はお流れになった。

 

まさか私の姉が救急搬送されているのに食事会できないよね。入院もしなかったが、冷静な判断だったと思われる。

 

また、付き合って一年と経たずに結婚を決めた理由の一つに、私の父が末期ガンだったこともある。

 

抗がん剤治療を続けながら余命宣告の日もくぐりぬけ、元気に過ごしていたはずだったのだが。

 

姉が救急搬送された日からちょうど1週間あと、続いて父が意識を失って救急搬送された。

 

あの食事会は本当にギリギリだったんだなぁと思う。まぁ、父もきつかったろうからキャンセルになってよかったのかもしれない。

2016年12月

父が入院生活へと移行して、家族は頻繁に病院へ行くことになった。私も仕事が夜勤でなければ、病院で寝泊まりしていた。

 

そこで問題だったのが、我が家の愛犬。母のことが大好きな小型犬で、母がでかけるとずっと玄関に向かって吠えているのだ。

 

父が入院してからは母も病院にいる時間がかなり長くなり、母が帰ってくるころには吠えすぎて声が枯れてしまっていた。

 

あまりにかわいそうだと自室でひきこもりの兄に見てもらっても、母がいない間ずっと吠え続けて止められない。

 

これが悪かったんだろう。16歳で耳も遠くなっていたし、元気も無くなっていた。

 

それでも毎日吠え続けてだんだんと弱ってしまい、病院へ連れて行くと心臓病だと診断された。

2017年1月

16年一緒に暮らした愛犬が心臓病になったと我が実家は大騒ぎ。特にこの犬が好きだった長女はなんとかして薬を飲ませようと色々と工夫していた。

 

本当は母が家に滞在すれば一番いい。そうすれば安心して、吠えることもなくなるだろう。

 

父は帰宅したいというし愛犬もかわいそうだし、父を自宅で看取るのが最善だと判断。どうにかして自宅に父を連れ帰ろうと話し合いもしていた。

 

だが父の症状も悪化するばかり。帰宅どころか幾度となく危篤状態を迎えて、母は病院にいなければならない。

 

そんな日々にもう、疲れてしまったのだろう。父が自宅に帰ってくる1週間前、愛犬は息を引き取った。

 

忙しい中でほとんど何もできなかった。悔やまれる。

2017年2月

愛犬が亡くなってから1週間後、自宅で最期を看取るべく父が帰宅した。

 

介護用ベッドをレンタルしたり排泄関係の介護の準備やらと、それはそれはてんやわんやの毎日。忙しすぎて、愛犬の死を悲しんでいる暇もない。

 

父も家に帰ったらうるさい犬に会えると喜んでいたが、会うことはできず。非常に残念がっていた。

 

そして以前も記事に書いた通り、父は自宅にて亡くなっている。帰宅して1週間程度だろうか。

 

せめて、もう少し早く自宅に帰せたならぁと、今でも思う。

2017年3月

父が亡くなり、葬儀や49日などの対応に追われる中、それでも私は進まねばならない。

 

4月には子供達と一緒に住むことが決まっている。学校も引っ越し先も全て決まっているのだ。時は待ってくれない。

 

父は亡くなったが、当初の予定通り我々夫婦は結婚して、子供達と共同生活を開始した。

 

だが開始した直後、母から不穏な電話がかかってきた。

 

「うちの猫が病気にかかってしまって、治らないみたい」

 

絶句したよ。

 

うちのひきこもりの兄がお気に入りで、大きくて真っ白でふてぶてしい猫。頭を撫でたらすごい大きさでゴロゴロと喉を鳴らす猫だった。

 

兄が住む部屋に病気を持った野良猫が侵入したらしく、病気をうつされ、もう治らないという。

 

そして弱ってからたったの数日で、あっという間に死んでしまった。

 

こんなことあるのか?と、こんなに不幸が続くもんなのかと、絶望した。数ヶ月の間に、愛犬が死に、愛猫が死に、父まで死んでしまった。

 

どういうことだこれは。

その後も続く不幸の数々

それからも我が実家には不幸が続いた。

 

3月に白猫が亡くなった翌月、近所のみんなで可愛がっていた人懐っこい猫が、近所のおじさんの車にひかれて死んでしまった。

 

その猫を可愛がっていた姪っ子は、警察になって猫を殺した人を捕まえると怒っていたらしい。

 

さらにその翌月は、母が骨折するという事故があった。何があったかは覚えていないが、この流れなら骨折で済んでよかったとすら思う。

 

さすがに毎月のようにこんなことが起こると、我が家族も本気で心配したのだ。

 

「我が家は呪われているんじゃないか?」

 

ふむ。でも一応は、母の骨折で目に見える不幸はストップ。かなりきつい半年で、いろんなことがありすぎていまだに心の整理ができていない。

正気を保っていられるだけマシか

一つ一つの不幸に期間があけば、それなりに現実を受け止めて悲しめたはず。だが、そんなことをしている暇がなかった。

 

何より私には子供達がいる。新生活が始まる。悲しんでいる場合じゃない。

 

思えば結婚生活が始まって数ヶ月ですでに体は動かなくなりつつあったのだ。あの不幸が続いた半年間も、私のメンタルに多大な影響を残したのだろう。

 

あれから2年もたった。そろそろ向き合ってもいいかもしれない。

 

ただ、当時すでに実家から離れていた私よりも、母の方が精神的に辛かったはずだ。

 

夫が死に、自分にべったりだった愛犬も死に、愛猫もいなくなって、毎日ご飯をあげていた野良猫も死んで、骨折までしている。

 

踏んだり蹴ったりだが、今笑っていられるのは孫がいるおかげだろう。ありがとう。