最近は妻と口論ばかりしているとんぼである、ごきげんよう。
喧嘩の原因は様々だ。妻の一言で私がうつ状態になったと言ったら妻が不愉快になったとか、子供達と遊ぶ時間がどうとか。
ブログだけ見てると上手くやっているように見えても、色々あるもんだ。むかついてむかついて仕方がなかったが、ここらが考えを切り替えるいいタイミングだと思われる。
何でこんなに怒るのか
今回の簡単な喧嘩の経緯を紹介しておくと、理想の違いというのがある。
私は暇そうな子供達を見ると不憫になる。娘と息子はレベルの違いもあって一緒に遊べないし、そもそも娘は他害があるので見守りが必要だ。
二人して仲良くテレビを見てるならいいが、それも難しいから曜日でテレビの日をわけていたりする。
娘が暇な日もあれば、息子が暇な日もある。その時に、暇だ退屈だとつまらなさそうに過ごしている子供達を見るのは忍びないのだ。
だから私は、親である我々が子供達と一緒に過ごすべきだと思っている。 私一人では難しいから、私は料理で妻が子供達と遊ぶということになった。
◆考え方を切り替えて、妻にも暇な子供達と遊んでもらうことにした話
別に遊ばなくてもいい。隣で座っているだけでもいい、ただそこにいるだけでいい。それくらいの希望だったのだが、なかなか上手くいかない。
妻は仕事が忙しく、帰って来る時間も数十分前後することもある。女性なので風呂もそこそこに長め。
タイミングも悪かったね。火曜日は娘の体調が悪く学校を休ませて私と過ごし、その夜は仕事で妻が帰らない。さらに水曜日は私が朝から娘と病院受診。
その水曜日の夜、私の料理中に妻は風呂に入っていた。息子が私の周りをうろちょろし、あれさせてこれさせてとねだってくる。
風呂を上がった妻が子供達の相手をするかと思ったら、薬の整理をはじめてしまった。その間、私は料理をしながら息子の相手をするわけか?
こんなん集中できるか!!!約束が違うじゃねーか!!
ということでぶちぎれたという話である。妻が子供達と遊ぶはずだったんじゃないかと、何やってんだと。
その翌日、妻と話し合ったところ、理想の違いが明白になる。私は暇そうな子供達はかわいそうだから、親が一緒に過ごすべきだと思っている。
妻は妻で、仕事も急いで帰ってきてるし、コンディショナーもやらずに風呂を出ていると。できることはやっている、ちょっとくらい子供達を一人で遊ばせろと。
他にも色々と言い合った気がするが、だいたいこんな感じかな。私はただ子供達が暇なら、親が遊んだ方がいいと思っているだけだから。
理想を押し付けている
今回わかったのは、私は私の理想を妻に押し付けているということ。今までもこういう喧嘩をしてきたが、結局妻が「私が悪かった」的な流れで謝ってきた。
でも今回言っていたのだ。「悪いと思ってやろうとするけど、本当はきつい」と。つまり妻はやりたくないことをやらされているだけだったのだ。
絶対にやりたくない!とその時にばちばちやりあってたらよかったんだけど、私の怒りも相当だからそれも難しかったのだろう。
そんな流れなので、私は期待してしまったのだ。妻は何をおいても子供達と遊んでくれるものだと。
しかし現実の妻の考えとは違う。妻は私ほど、暇な子供達の相手をすることが重要だとは思っていない様子。
別に妻が何もやっていないわけじゃないぞ。妻が必要だと感じていることはやるし、風呂上がって落ち着いたら子供達と遊んでくれると言ってくれている。
しかし、私の理想は「付かず離れず、子供達のそばにいてほしい」というもの。子供達が子供達だけで遊んでるなら別だが、平日の夜なんかは特に暇だから。
そのために料理も片付けも、朝ごはんも妻の弁当も私がすべて引き受けているつもりだったのだが。
まぁこの取引が、成立してなかったことよ。約束を強制してたってことだね。
自分の人生の責任は自分でとるということ
今回わかったことは、私がやりたいことなら妻に頼らず自分でやれよってことだ。
何で子供達と遊んでくれないんだよ!!
という怒りは、妻が平日の夜は率先して子供達とずっと遊んでくれるという勘違いをしていたから産まれたもの。約束が違うと。
だがもともとそんな約束なんて存在しなかったのだ。押し付けていただけだったのだ。
ならば私がやるしかない。自身の目的を具現化すべく、対策を考えるしかない。
料理を作ってたら子供達の相手ができないから、料理は別の時間にやるしかないじゃないか。夜はもう少し早く眠って、朝に料理をする時間を設けるか?夕方に子供達が帰宅前に料理の時間にするか?
このように、一つずつ対策を考えていこう。妻のせいにしていたら、私は前に進めない。全ての責任は私にあったのである。
これこそが自分で自分の人生の責任をとるってことじゃないか。他者は私の期待を満たすために生きているわけではないし、私だってそうだ。
自分が必要だと思うから料理をし、片付けをし、子供達と遊び、日曜日は出かける。体が重かろうが怒りに震えていようが、誰もいないなら私がやる。
いやぁ、こういう覚悟を何度かするんだけど、結局妻を頼ってしまっていたんだね。まだまだ子供のままだったんだね。
そう思い知った話であった。もう人のせいにするのやめよ。