連日息子のことばかり考えるとんぼである、ごきげんよう。
昨日は娘にも叩かれてムッとしたりもしたが、今の悩みは息子。悩んでる意味もよくわからないが、変わりたいから悩んでる。
息子のことを考えると息苦しいのよ。リアルに。つらくて苦しいと感じる。
感情の行先は
私は息子のYouTubeとゲームが嫌いだ。なんでって、耳がなくなるからだ。
話をしても無視。何かお願いもできない。止めたらイライラするし、暇があればゲームだYouTubeだと言っている。
子供相手に情けない話ではあるが、大事にされていないと感じるわけよ。愛されていないって思ってしまう。
まぁ……無視されて嬉しい人はいないか。恋人だったら別れ話に発展するレベル。
でも我々は親子だ。簡単に関係を断ち切れないし、断ち切る気もない。苦楽を共にする家族なのである。
だからこそ、この感情をどう処理すべきかと困っているわけです。
今日は夕方に息子を迎えに行くっしょ。そしたらきっと、ポケモンユナイト(スマホアプリ)するだろう。
一人でソファに座って、下向きながらスマホ持って、何も喋らずにぽちぽちやるだろう。
これ想像しただけで、すっげぇ嫌なんだけどw
あぁまたこの感じかと。こうやって熱中して家族も無視するから、本当に好きになれん。これでゲームが好きになれる親いるのか。
家族と話すよりゲーム、家族といるよりゲーム。子供にないがしろにされて、ニコニコ見守れるようなレベルにはまだ達していない。
それでも、ぐうううううと苦しみながら、受け入れ、飲み込む。受け入れ、飲み込む。これを繰り返すのがつらい。
このつらさが、リアルな息苦しさに繋がっている。
本当に苦しいんだよな。こんなに息苦しいと感じるのは、あまり経験がない。プラスで捉えれば、頑張って変わろうとしてるからこその苦しみと言えるのかも。
こんな息子も受け入れようとする変化を、体が拒否ってる可能性がある。
これ以上先に進んだら死ぬぞって伝えているんだろう。ホメオスタシスさんかしらね。死ぬことはなさそうだが、人間は面白いね。
なんで私が!?
考えて考えても苦しいから、アドラーさん助けて!と嫌われる勇気を聞くわけだけど。哲人はいうわけさ。
子供が興味を持っているものに興味を持つこと、それが尊敬である。尊敬は与えた者にしか返ってこない。だから子供に共感し、子供を尊敬しろって。
わかるよ。わかるけどさ。じゃあなに、息子がはまって家族も無視するようなゲームに、私から興味を示せっていうのか?
私を無視する息子に近づいて、どんなゲームやってるのかなーって隣に座ってみたり?一緒にやってみようかしらって私もダウンロードしてみたり?
……
ふざけんな!!なんで私から歩み寄らねばならんのじゃボケ!まずてめぇは無視すんなクソが!!!!謝罪しろ!!
はぁはぁ。
まぁこれが本音なんですが、これに対して哲人はこう言うだろう。
「結局あなたは、愛されなければ愛さない。条件付きでしか相手を愛せない。それでは息子から信頼を得られることもない。自分が愛されることを優先する子供のライフスタイルに戻るんですか?」
……
うるさいよ。
苦しいけど
苦しい苦しい苦しい。やりたくないやりたくない。私から歩み寄るなんてやりたくない!!!
そう書きながらもため息一つ。私の中での答えは決まっている。ただ息子の態度を受け入れる勇気がないだけさ。
これもどうせ、課題の分離だろ。息子がどういう態度をとるかなんてコントロールできないんだから、受け入れざるをえないのだ。わかってるよ。
この苦しみは、前に進むことでしか解消されない。変化は怖くて勇気もまったく湧いてこないけれど……
息子がどうするかは私には関係ない。まずは私から始めるべきだ。
ってことですね。というわけで、ポケモンユナイトをDLしてみた。あとで息子が妻のスマホでプレイしてたら隣で私もやってみよう。
何がそんなに面白いのか、まずは興味を持ってみよう。無視されてもいってみよう。
その先に何かがあるかもしれないし、ないかもしれん。おぼんこぼん師匠もあの歳で仲直り頑張っていたもんな、私も頑張ってみたい。
ここまで読んでいただき感謝。
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