ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

純粋な疑問を投げかけて場を凍りつかせてきた過去を語る回

興味深いコメントを貰ったとんぼである、ごきげんよう。

 

あまりにあけすけで耳が痛い質問をぶつけてくる方がおりまして。

 

私への批判と捉えるには非常に絶妙なラインだったので、とりあえず私も絶妙なラインを狙って返信をしてみた。

 

すると今度は「とんぼが予防線はって返信してることはわかってる」的なメタメタコメントで返される。さらに質問に他意はなく、純粋に疑問だっただけだと。

 

ここで一番不思議なのは、見る限り本当に他意がないようなのだ。

 

何だこの人はと笑ってしまって、妻に面白い人がいたよとコメントの内容を伝えたらこれまた面白い回答が返ってきた。

 

とんぼに似てるね。

 

◆家族の紹介

事実で正論で純粋な疑問なら

この方からすれば不愉快かもしれないが、私自身も少しシンパシーを感じている。

 

んな二つや三つコメントのやり取りをしたくらいで何がわかるんだと怒られるかもしれない。

 

ただその人がどうとかではなく、”純粋な疑問"に純粋に興味が湧き出ている。これまで純粋な疑問を投げかけながら生きてきたからだ。

 

というわけで、私の"純粋な疑問"が先走りした過去を掘り下げていく。あの疑問の数々をどう捉えるべきなのか。

 

他意はないので、他意がない同士としてわかってくれることを期待したい。

純粋な疑問を語る

まず、友人との会話にて。

 

友人の母親の情緒が不安定でたまに涙を流したりする状態だと聞いて、当たり前のように言い放った記憶がある。

 

「病院連れて行かないんですか?」

 

空気が凍りついた。友人は「はぁ?」という顔をしていた。明らかに怒っていたな。

 

あまりにぶしつけすぎたのだろう。私からすれば、そこまで情緒不安定ならば心療内科受診くらいは想定の範囲内だろうと思った。

 

むしろなぜ行かないのか?という純粋な疑問である。

 

次。

 

職場に女性の後輩がいて、100kgは超えていただろうか。もう10年近く前の話なので時効だと思って欲しいのだが、彼女に真顔で言い放った記憶。

 

「なんでライザップに行かないの?」

 

体重のことは絶対に言わないでおこうと心に決めていたのだが、お互いに自分の話をする流れだったので当たり前の疑問として聞いてみた。

 

ただのセクハラでしかないが、ほぼ確実に痩せられる機会がそこにあるのになぜ手にしないんだろう?という純粋な疑問である。

 

次。

 

職場に20歳くらい上のおっちゃん先輩がいた。仕事上の仲はいいがプライベートの話をするほどではない、気のいい冗談を言うでかいおっちゃん。

 

ある日の仕事中、数人の職員がいる中で私はおっちゃんに聞いた。

 

「不倫したことあるんですか?」

 

下ネタ系の雑談の流れだったのでありだと思ったのだが、場が凍り付いたのを覚えている。おっちゃんも唖然という表現がぴったりな表情をしてた。

 

今思えば、あったとしてもお前に言うわけねーだろwという愚問なのだが、

 

長年結婚生活を送ってきた中年男性なら不倫経験の一つや二つあるのでは?

 

と純粋に疑問に思っただけである。

 

次。

 

うさぎの病院にて、隣に座った人もうざぎを飼っているようで話しかけてきた。

 

うちの子は、ロップイヤー(耳がたれてるうさぎ)なんだけどライオンみたいなんだよと。多分両親のどっちかがライオンなのかもと笑いながら教えてくれた。

 

すごく和やかな空気の中、私は不思議そうな顔で言い放った。

 

「血統書ついてなかったんですか?」

 

言った瞬間に何でこんなこと言ったんだろと後悔した。

 

うさぎを店で買ったなら血統書もあるし片親ライオンなわけないんじゃ?と純粋な疑問ではあった。

 

口に出すほどの疑問ではなかったが、この疑問以外で会話を続ける術がまったく思いつかなかった。

 

次。

 

実家にいたらチャイムがなった。出てみるとある政党の支持者の方で、次の選挙にはぜひうちの候補者に投票して欲しいとのこと。

 

こういう話は嫌いじゃないので話を聞きつつも、私は言い放った。

 

「○○(国)が怖いんですよねー」

 

するとめちゃくちゃ空気が凍りついた。

 

そういえばそうだ。この人の支持政党は正に○○を支持する人たちだったのである。目の前で相手の信ずるものを明確に否定してしまった。

 

相手の顔も険しくなって、○○じゃなくて別の国の方が悪いんだと怒って主張を始めちゃって。それはそれで興味深いなと思って聞いてたんだけど。

 

これは純粋な疑問とは少し違うが、怖いと感じているのは事実なんだから一体何が悪いんだと思った。

 

ブログに子供たちへの怒りをそのまま書くのも、感じたことは事実なのだから仕方がないと思ってる。事実は事実なのだから。

 

次。

 

妻と付き合ってた当時、義母や子供たちと初めての顔合わせをした。

 

食事をする中で、義母に聞いてみた。

 

「この子(娘)は将来的にどの程度のレベルまで成長するのでしょうか」

 

原文はちょっと違うかも。でもニュアンスはこんな感じ、

 

この質問をした瞬間に、義母の纏う空気が変わった。こいつは娘の障害を受け入れる気がない、普通を目指してるやつだと思ったようで戦闘モードに入ってしまった。

 

これには参って自分でフォローしまくった。

 

いやしかし、娘の障害の程度、将来的にどの程度の発達が予測されるのか、医師は何と言ってるのか、義母はどう見てるのか。

 

純粋な疑問でしかないんだよ。現状把握こそが最優先でしょう?

 

……

 

これくらい羅列すると失言製造人間感があるな。

 

あとはまあ結婚してる人に「(相手を)愛してるんですか?」「子供を愛してないんですか?」とか聞いたりする。私でも返答に困るな。なぜそれに答えなきゃいけないのか。

 

「夢はありますか?」「なぜ夢を諦めるんですか?」「人生楽しいですか?」といった夢ハラも20代のころはよく言ってた。

 

これらの経験から学べることは、純粋な疑問や正論、また事実だからと言って何を言ってもいいわけではないこと。あと関係性によって答えられる回答が大きく変動すること。

 

上で書いた中で、まともに回答をもらえたのは一つか二つ。

 

他は攻撃されたと感じるのか満足のいく回答が得られないことが多い。警戒心が高まり本音で話してくれない。むしろ壁ができる。

 

今回コメントを頂いた私もそうで、質問の意図が読めずに警戒モードに入ってしまった。だからこその予防線を貼った返信になったんだと思われる。

 

でもよく考えたら常に予防線を張っていると気づく。これもそう。ブログを長く続けていくための炎上対策であり処世術だねこれは。

 

とにかく面白い経験をさせてもらった。ありがたや。

意見を求めてないか

といった自己分析回。

 

ちなみにこの方は私が他者の意見を求めていないと感じるらしい。以前にも他の方から同じようなことを言われた気がする。

 

うーん、本当にそんなことはないのだが、他者からそう見えるのは興味深い。

 

見ての通り、コメントで一つ石を投げてみたら大きく反応して波紋がぶわーっと広がることも多々ある。とても疲れるが、でもそれを良しとしている。これこそが成長であると。

 

あのコメントがなければ私が過去に投げかけてきた"純粋な疑問"についてここまで掘り下げることもなかっただろうし。

 

ちなみにコメントの本題自体も、現状を確認するものとしてありがたかった。なかなか認めたくないこともあるし、認めたくないことに気付けないこともある。

 

耳が痛いってことは図星ってことなんで。

 

そんな、純粋な疑問に対する純粋な疑問の話。おしまい。

 

ここまで読んでいただき感謝。

↓のウサギをポチすると、さらにとんぼが喜びます。

にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ