ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

自分がこだわりつよつよ人間だと認識する話

次男坊(1歳)の自己主張が強くなってきて悪戦苦闘してるとんぼである、ごきげんよう。

 

三つ四つくらいしか発語がないのにイヤイヤ期がきたんじゃないかと思われる。食事も着替えも歯磨きもなかなかつらい。

 

さて、そんなこだわりが強くなってきた次男坊を見て自分を見つめ直す話。

 

◆家族の紹介

こだわりつよつよ人間とんぼ

以前に紹介した岡田斗司夫氏が提唱する4つの性格診断。

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詳細を上の記事を見て欲しいのだけど、自分がどういうタイプの人間なのかを知るために割と参考にしてる。

 

全部が全部同じ人はいないのだが、大まかな枠組みとして面白いなと思って。人によってそもそも根本的な欲求・喜びが違うという発想がなかったから。

 

そして診断テストもしたり自分でも考えた結果、自分が法則型であると結論づけた。

 

物事を理解することに喜びを感じること。分析して理解できれば何でもあり、現実をシビアに判断できる参謀タイプ。泣き落としは効かない。

 

……そう思ってたんだけど、理想型の説明を聞いた妻がこれとんぼじゃんと言う。

 

私が理想型?自分の中での絶対的な理想があるって?私に?

 

どうだろう。考えて考えて、答えさえ知れたならOK人間かと思ったのだが。妻が言うにはめちゃくちゃこだわりが強い変人だと言う。

 

しばらく一緒にいたらこだわりの強さがよくわかると。

 

うーむ。

 

最近気づいたのは、自分が過程を非常に大事にしてること。

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これで書いた通り、結果がどうであっても過程が気に入らなければ喜ぶことはない。

 

理想の生き方というか生き様というか。私の中での絶対的な生き方の理想像は確かにある。そしてそれを満たせていないと例え結果を残しても嬉しくないのだ。

 

それは子供たちのことだけでなく、自分のことでもそうだ。過程がクソなら結果が良くても喜ぶことはない。

 

そして興味がないことにはまるで興味がない。他人にも興味がない。興味がないことは多いが、生き様には強いこだわりがある。

 

これはもう誰にも絶対に譲らない強い強いこだわりがある。他者の意見を聞く姿勢は持ち続けたい思いはありつつも、絶対に譲らないものがある。

 

論理的に考えてデメリットの方が多かったとしても、それよりも大事なものがあるのだ。

 

例えば父の看取り。自宅で看取ることに母や姉から反対されつつ強行した。特に姉の反対は相当なもので関係に支障がでるレベルだったが、それも無視した。

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障害児を含む2児の母である妻と結婚したのも同じか。損得勘定では測れない譲れないものがある。これをこだわりと言わずして何というのか。

 

大抵のことは考え方を矯正しようと努力はするけれど、譲らないものは絶対に譲らない。

 

ちなみによく考えれば泣き落としも効く。どちらにせよ生き様次第かな。

 

何の努力も伴わない舐め腐った泣き落としは軽蔑するが、生き方が格好いいならこちらが損してでも力になりたいと思う。

 

こんな一面も私にはある。悪くはないが、悪いところもあるな。

 

ちなみに診断テストはその時々でブレるそうな。調子がいい時、悪い時で変化するんだと。

 

一番何を大事にしてるんだろう?と自問自答してみると、「知ること」よりも上位に位置する価値観として「生き様」がある。

 

何で法則型だと思ったんだろう?

 

まあ法則型の一面もあるよね。この性格診断がすべてではないし、HSP気質と愛着障害も持ち合わせてるので面倒臭い人間ではあるのは間違いない。

見識を広げることと課題の分離

ひきこもっていた当時、ある人物の振る舞いを見て感動した記憶がある。その人は一般的とは言い難いことを自分の意見として熱弁してた。

 

その時に、人って自分が思うままに生きていいんだと衝撃を受けまして。

 

周りに合わせて生きていかなきゃならないし、みんな金のことしか考えてないクソみたいな世界かと思ってたのだが。(当時20歳前後なので)

 

どうやら金より大事なものがある人は存在するらしく、他者とはまるで違う思想を軸として生きることも可能なようなのだ。

 

私もそうありたい!と思ったかどうかは覚えてないが、ひきこもりを脱出してからは自分の心の声に従って生きてきたつもりである。その方が面白そうだし。

 

この生き方・こだわりの強さが正しい方向に向かえばいいのだけどね。

 

色々と経験は重ねてきたものの、まだまだ見聞を広げる必要がある。知識と経験を増やすことで修正すべきこだわりも見つかるはず。

 

絶対に譲れない部分だって、新しい世界を知ることで変わらざるをえないこともあるだろう。所詮は狭い世界で作られた理想なのだ。

 

そしてやはり、自分の強いこだわりフィルタで他者を見るのもやめた方がいい。課題の分離がもっとも必要な人種かもしれない。

 

完全なる私個人の物差しでしかないのだから、これで他者を判断するのは自分にとっても相手にとっても良いことにはならんだろう。

 

逆に、強いこだわりは悪いことばかりでもない。もしかしたら矯正する必要もないかもしれない。

 

理想の強さと完璧主義がメンタルに悪いのはわかる。

 

ただ絶対的な強いこだわりを生まれ持ち、それを体現することに幸せを感じる人間だとするなら、完璧主義を緩和するより上手く利用する方向で考えた方がいいのかもしれない。

 

具体的に現在の生活がどんな風なら満足するのか、どういう人間でありたいのか。そこに近づくためにはどうすればいいのか。

 

真剣に考えてみたい。

 

ここまで読んでいただき感謝。

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