ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

理想に体がついてこない現実を考える回

今日から復活したとんぼである、ごきげんよう。

 

月曜日に無茶(というほどもでないが)をした結果、火水木とダウンした。あまりにコスパが悪い無茶である。二度としたくない。

 

そういえば保育園へ通う次男坊が、初めて二週間連続で登園できてる。おかげさまで数ヶ月ぶりに本格的な余裕も出てきた。

 

ここらで人生の戦略を改めて考えてみたい。

 

◆家族の紹介

理想に体がついてこない問題

人間には様々な面があって、もちろん私にも多様な一面がある。仕事に関すること、家族に関すること、生活に関すること。

 

それぞれに興味があったりなかったり、内容が重かったり軽かったり。何に取り組むかによって前のめりにもなれば怠惰になったりもする。

 

基本的に興味がないことに対して私の腰はとんでもなく重い。やらなくてもいいと感じることに全力で取り組むことはない。最後の最後に外圧(妻)でようやく動く。

 

しかしやるべきだと判断したものについては全力でやる。別に家事も嫌いではない。

 

ある種、0か100でしか動けないという一面が自分の中にあるように思う。こんなことあまり考えたことないけれど、疲れ切るまで100で動いて、疲れたら0になる。

 

この繰り返しで自己嫌悪してる。

 

まさにこの0・100の生き方を象徴するのが数日前の月曜日だ。

 

ひっさびさに元気で子供たちもいない平日がやってきたぞ!と調子に乗って、予定をたてて庭周りや外壁、気になってた家事、買い物、雑務関係を徹底的にこなす。

 

おそらくは庭仕事のダメージがすごかったのかな。夜には眠く眠くて仕方がなくて、翌朝起きたら体が動かない。

 

筋肉痛ではないんだよ。ただただ体が重くて目も開かないしかすむし、寝たはずなのに眠気がすごい。とにかく眠い。寝ても寝ても眠い。

 

疲労感という言葉がマッチするだろう。疲れて肉体的にも精神的にも立ちあがろうという気にならない。

 

しかもそれが3日も続いてしまった。

 

これがたった1日を100で動いた結果なら、あまりに代償が大きすぎると思いませんか。

よもやよもや

そういえば結婚初期、朝4時半に早起きして瞑想してから勉強してた時期がある。朝日が昇る前の空を眺めながら熱いコーヒーを飲んでいた記憶。

 

これももちろん私にとっての理想的な行動だったわけだが、体は数ヶ月しかもたなかった。いつしか寝起きの眠気に押し潰されて、日中も体が動かなくなった。

 

心身を回復させようと思った時すら無茶をしてる。これとか。効果はあったが。

www.rabbitonbo.com

 

他、挙げればキリがない。理想通りの行動を取ろうとすればするほどに、反動でより強い代償を払わされてきた。その度に家族が被害を被り、自己嫌悪も強くなる。

 

つまりは私の理想に体がついてきていないということだ。よもやよもやであるな。心の声は聞いてるのに、体の声は一切聞こうとしてないのだから。

 

難しいのは、0か100でしか動けない気質を確かに持ち合わせていること。どうせやるなら全力でやりたい、全力でやらないなら意味がないと思ってしまう。

 

いやちょっと違うか。

 

全力で、100でやった方が人生面白いだろ?って思ってる。

 

ただそれが続かないってんだからどうしようもない。矯正するなり別途対策を考えねばなるまい。

 

以前よりは休憩、休息、睡眠の大事さは理解してるから、骨が粉々になってでも走り続けるような愚行はしなくなってはいるが。

 

おそらくは何か一つに絞るスケジュールに問題があると思うのだ。

今後は

これまでの私は、何か一つに取り組んだら徹底的にやり切る姿勢だった。勉強しかり、掃除しかり。

 

だから一つのものに100%集中する。100%集中した方が進み具合も早くて面白い。

 

これ、体を酷使しない勉強ならまだマシだが、体を酷使する系に取り組むと大きな被害がでることは上で書いた通り。

 

例えば死にそうな顔で毎朝1時間登山してた時期もあるし、眠いのに朝から晩まで掃除し続けてた時期もあるし、体が重くて死にそうなのに子供たちと全力で走り回ることも多い。

 

そういう異常行動をとってしまうのが悪い癖である。

 

私の理想は全力で生きること。人生の課題と向き合って、逃げずに一生懸命に生きること。

 

だからこの生き方が理想を体現してるのは間違いない。

 

そしてこの生き方を続けるために、全力を向ける対象を増やせばどうだろうか。

 

人生に向き合う勇気ある姿勢さえ保たれているのならば、別に何か一つにこだわる必要はない。この日一日を何か一色に染めなくても私の理想は達成される可能性がある。

 

掃除は掃除で全力を出すが1日30分までに限定する。

 

勉強には勉強で全力を出すがそれもほどほどに。

 

家事は家事で全力を出しても、あれもこれも一日で終わらせようとは決して考えない。

 

体を酷使すること・ほとんど使わないことを、全体のバランスを見て体の声を聞きながうまいこと調整する。休息時もスマホを見ないなど、真剣に取り組む。

 

疲弊してる時は作業の絶対量を減らすなり、休憩時間を伸ばすなり、もしくは座学を中心においてもいい。

 

心と体の歩幅を合わせるのだ。

 

そうして一点突破の特化型で破滅的な理想的な一日ではなく、全体的に一歩ずつ着実に進む現実的な理想の一日を作る。

 

おそらく、これはこれで理想的な生き方で私の心は満たされるはずだ。

 

一つに特化したい気持ちは強いが、別にこだわりはない。少しずつやるより一気にやった方が前に進んでる感覚が強いから好きなだけ。

 

ゆるやかな一歩でも、記録をしっかりつければその辺の感覚は十分に得られるだろう。

 

今の私に必要なのは、バランスの取れたスケジューリングと記録だな。ノートにつける習慣がなかなか身につかないのは娘に邪魔されるせいもあるが。

虚弱体質とんぼ

20代であれば、この程度の無茶は無茶でもなんでもなかったはず。

 

現在はアラフォーで何年もストレス過多の生活を送ったとはいえ、まさかここまで虚弱体質になっているとは思わなかった。

 

一日頑張ったら三日ダウンするって。信じられない。庭仕事なんて2時間ちょっとやっただけだぞ。

 

ただ……まぁ、20代のころから破滅的な生活で理想を体現しようとしてきたのは間違いない。

 

体の声はそもそも聞く気がなく、やりたいことは睡眠時間を削ってでもやる。それが私の生き方であった。

 

今もそうやって生きたい思いがある。

 

が、守るものもできたし、そもそも体がついてこなくて続けられないんだから仕方がない。思いだけが強くてどうにかなるほど現実は甘くない。

 

現実を直視つつ、自分という人間の理想の強さも受け入れつつ、そして自己嫌悪でよく立ち止まる自分の弱さも赦しながら、私の理想を満たしていきたい。

 

理想の高さを何とかしようとしてきた節もあるが、高い理想を諦めるだけが選択肢じゃないはずだ。私自身、この理想の高さが好きなのだ。

 

こうありたいと強く願っている。何でそれを諦めなきゃならんのだ、馬鹿をいうな。

 

まぁこれはもちろん自分に対する理想の話で。他者への理想は変わらず諦める方向で動きます。

 

ここまで読んでいただき感謝。

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