今日は忙しいとんぼである、ごきげんよう。
土日はほとんど時間がないことが多く、今日明日は相当厳しい。長男の勉強について少し重たい話を書きたかったが数時間かかりそうなのでやめておく。
というわけで、長男の勉強に絡めて簡単な自分語り。
熱を感じるコメントをいくつか頂いてて、それも後に返信しますのでしばしお待ちを。
学びたかったのはまさに
少し前に森永卓郎さんの本を読んで、教養のある人間なら田舎暮らしは楽しめるとの記述にびびっときた。
星、木々に草花、虫といった自然界についての知識があれば、自然の中でいくらでも楽しめるし人工的なものに囲まれる必要もないと。
この考え方好きだなーと思って。
確かに科学技術は発展し文明が進んでいくことで人類の生活は楽になり、さらに助かる人も増えた。
重要なのは間違いないし、生活に新しいテクノロジーは適宜取り入れたい。決して洗濯機やエアコンを手放そうとは思わない。
子供たちが独立したらミニマリスト生活も考えるかもしれないが。
それはそれとして、私のような一般庶民にとって果たして文明に依存し続けるのはどうなんだろう。
ゴールもないし、その生活を維持するのに多くの金が必要になり疲弊する。
それと比べて、自然と共に生きる人生はあまり金もかからないし、持続可能でストレスフリーで永遠に楽しめそうだなって。
季節の移り変わりで植物は姿を変え、活動的な虫たちも入れ替わる。空気が変われば雲も姿を変えるし太陽も月が見え方が変わる。
夜空の星たちも一年かけて地球から見られる星座が変わるし、月なんて新月から満月まで毎日少しずつ姿を変えている。
自然をすべて理解するなんて、この人生かけても無理だろう。おそらく毎年毎年新しい発見があるはずだ。
こういう自然の変化に気づいていくこと、自然と共に生きていくことこそが「足るを知る」人生ではなかろうか。加えて農業や釣りをやるとさらにいい。
なんとなく、現代的な生活は左から右に一直線に進むイメージ。自然と共に過ごすのはぐるぐると循環するイメージ。
私としては自然と共に循環していく人生を歩みたいと思っているわけです。
なんせ金がそんなにかからないしさ。できるだけ金に依存しない生活こそが至高だと今は考えてるんで。できるだけ、ね。
マッチしすぎて驚愕する
さて、現在中学受験を受ける予定の長男(小5)の勉強を見るために、小学校の勉強の学び直しをしている。
学び直しというか、小学生のころにまともに勉強した記憶ないんでほとんど知らないことばかり。習った記憶すら危うい
その中でも、4年生で習う理科を一周してみたのだが。
面白すぎる。
理科の授業に、まさに私が知りたかったことがすべて詰まっていると言っても過言ではない。
虫の生態、植物の種類や生態、生物の受精、太陽や月の動き方や、月の形の変化や規則性、星座の見え方探し方。
どれも基礎の基礎の部分を教えてくれて面白い、面白すぎる。これまで私が無駄だと切り捨ててきた知識が溢れている。
……こんなことも知らなかったかと言われるかもしれないが、そう、知らなかったんだよ。まるで興味もなかった。
私が読む本は、人生哲学やお金、心理学、ストレス系に人間関係のものとか、資本主義社会で生きていくための読書ばかり。自然とはかけ離れた本しか読んでない。
私にとっての自然は、この世界を生きていくためのストレス解消の道具でしかなかったのだ。
「ストレス解消にならないなら自然と触れ合う必要性を感じられない」と言い出しかねないような人間だったんだよ、ついこの間までね、本当に興味なかったんで。
今は自然にもストレス解消以外の価値を見出しているので、自然の中に身を置くとまったく別の世界に見えているから面白い。
ただそんな風に価値観が変わったとしても、知識があるとないとではまた見える景色が一変することに気づく。
植物の名前をほとんど知らない状態と、その辺に咲いている花の名前を知っている状態では見え方がまったく違うのだ。
まるごとまとめて雑草!としか認識してなかった景色も、一つ知った花があるだけでまるで知り合いに出会ったかのような気分になれる。
これが二つ三つと増えていけば、”雑草"でしかなかった景色は馴染みの草花が咲き乱れる景色へと変容するだろう。
種類だけじゃなく、花の基本的な形態を知ることも重要だ。
その辺の花のおしべとめしべにも興味が湧いてくるし、葉っぱに流れる葉脈を見ることで茎の内部や根の形、子葉の形がわかったりするんだと。
空を見上げて雲を見て気持ちいいなと終わらせるだけでなく、雲の厚さや広がり、連なりについての知識があれば空の状態や今後の天気の行方も予想がつくだろう。
月もそうだ。下弦の月を見つければ、今は地球と太陽との位置関係はこんな感じだろうなと、目に見えない世界にイメージを膨らませることができる。
季節と星座の関係性を知ることで、季節ごとに空を見上げるのが楽しみになるだろう。毎年見ていれば、この季節でしか見られないお気に入りの星座にも出会うはずだ。
季節と共に移りゆく自然を感じながら生きる。これこそ私が求めていた自然についての教養じゃないか。
そう思えた。小学生、面白い勉強しとるやんけ、うらやましい。まあ小学生時代には興味が湧かない子も多いんだろうね。私もそうだったから。
自分の人生と紐づかないただのお勉強になってしまってるのが原因かな。
他の教科も
他、国語は人の心の深さや多様なものの見方を知ることができるし、算数は……ちょっと先は長いけれど、極めていけば世界を構成する数学の美しさを知れるだろう。
そういえば社会も少し学んでみるとこれもこれで面白い。
水道から水が出るまでのどのような流れなのかを知ると、見えなかった裏側をイメージできてありがたみが増す。地域の特徴なども理科と絡む部分があって多い。
また日本史について全体をざっと把握したたところ、これは理科と同等に面白い分野だった。
今当たり前のようにやっている選挙が当たり前じゃないこととか、外国にいいようにやられている現状は江戸時代からそうだったんだなとか。
関ヶ原、壇ノ浦、東大寺、平将門の首塚など、歴史をしっかりと理解していたならきっとまったく別物に見えるだろう。知らなければただの観光地でしかない。
単に知識を得るだけでなく、その知識を踏まえて世界の見え方を変えていく。その生きる姿勢こそが、教養を身につけるということなんじゃないかな。
うーん、思いがけずいいブログがかけた。では。
ここまで読んでいただき感謝。
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