ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

理想の親でありたい完璧主義が息子への嫌悪感を増大させる話

お金のことばかり考えていたとんぼである、ごきげんよう。

 

今日は日曜日、妻の実家にて義母の外貨建て生命保険の資料と睨めっこしてた。お金をいかに効率よく動かすか考えるのはなんて面白いんだ。

 

お金もいいが、心のことも考えてみたい。

 

◆家族の紹介

完璧主義は身を滅ぼす

最近は認知行動療法に全力を捧げておりまして、自分の心の闇を紐解いている。継続してやらないとわからないことも多い。

 

主に息子への怒りについて書いていてね、とても苦しいのだ。

 

最初はただモヤモヤしてる感情を紙に書き出していたのだが、続けていくとモヤモヤは怒りへと変貌し、怒りは嫌悪感に、そして嫌悪感は自己嫌悪に変わった。

 

自己嫌悪の正体は完璧主義。

 

息子と一緒にいると、完璧な父親を演じないといけないと思ってしまうようなのだ。

 

赤ちゃん相手ではまったくそんなことは思わない。娘相手でもそうは思わない。

 

発達レベルの問題なのかわからんが、息子を目の前にした時だけ、完璧な親を演じなければ!!と強く思っている。

 

だからとても苦しいんだよ。

 

完璧な……と言ってもそんなすごい親じゃないぞ。息子の前ではだらだらしないとか、スマホで遊ばないとか、YouTube見ないとか、言葉遣いや姿勢に気を付けるとか。

 

見本になる親であろうとすればするほどに苦しいじゃないか。

 

そして理想的な父親ってのは常に笑顔でニコニコしてるイメージがある。帰ってきたら笑顔で顔を見ておかえりーと言えるような。

 

……なんだろうね。目を見て話さないといけないという強迫観念もあるのだよ。目を見ないとこの子は愛情を感じられないのではないか??と。

 

でも妻が帰ってきた時には別に目を合わせなきゃ!!とは思わない。一瞬パッと顔見ておかえりーって言ったら十分だし、目を見て話すこともそんなにない。

 

それなのに息子の場合は目を見て話さなければ!!となり、そしてそれが嫌だからできなくて自己嫌悪になる。

 

なんだろうなぁ、毒親の呪縛というかなんと言うか、頭の中の理想的な父親を演じることができないと凄く嫌な気分になる。申し訳なくなる。

 

逆にテンションが高い時には、息子とわちゃわちゃ遊べるじゃないか。いいぞいいぞ、理想的な父親ができているぞーと思ったら……

 

やりすぎると、息子がめっちゃベタベタしてくる。お、今日は父の機嫌がいいぞ、じゃあ抱っこしてもらおう!!みたいな。

 

うん。

 

抱っこは嫌なんだよ。

 

一定の大きさを超えた子供とはベタベタしたくないの。男女問わず、妻以外との大きな人間との接触は生理的に受け付けない。気持ち悪いんだよ。

 

しかし私の中の理想の父親が抱っこを拒否するわけがない。だから我慢して抱っこしてハグしてベタベタして、結局は嫌悪感が爆発する。

 

息子と仲良くしたりテンション上げて遊んだ後にはベタベタが待っているとわかったら、もう遊びたくないし話したくないし盛り上げたくないし楽しませたくない。

 

少し愛情を行動で示したら、何倍にもなって返ってきて苦しくなる。それに応えられないよ私は。ベタベタが気持ち悪いんだ。無理なんだ。

 

そしてそれを受け入れられない私はダメな親なんだなと、ひどく落ち込む。

 

この繰り返し。

 

まぁ、それだけじゃないんだろうけどさ。それに抱っこは普通に断ったらいいんじゃないかって思うよね。

 

でも抱っこを断るのは理想の父親じゃないのよ。私の中ではね。

親の正解とかうるせぇなぁ

なんでこんなことになったんだろう。

 

例えばネット見てても、この対応は毒親だとか、こんな親はダメ、これが理想の対応でこれができない親は子供がかわいそう、親ガチャ失敗とかさ。

 

神対応をしてこそ親の愛情ですといった情報がゴロゴロあるじゃん。

 

そんな "365日24時間完璧にできるやついんの?"レベルの机上の空論に囚われてしまったんだろう。完璧な親でないと子供がダメになってしまうって。

 

だってさ、ちょっとイライラして息子に無表情で対応してしまったら、頭に流れてくるわけよ。

 

「親が無表情だと、子供は親が何を考えているかわからないので人間関係において不安が強い人になります」って。

 

息子が約束をやぶってイライラして注意したら、頭に流れてくるわけよ。

 

「約束を破ってしまった息子ごと愛しましょう。イライラして注意するのは逆効果、子供には子供の事情があります、理解し汲み取るのが親ではないですか?」

 

約束も破って筋も通さず誠意もないやつが甘えてきてイライラしてたら、頭の声が言うわけ。

 

「いくつになっても子供が甘えたいなら甘えさせてあげるのが親。十分に愛情をもらったら勝手に離れていくよ、それまでの我慢だし、子供は今の状況を理解してないかもしれないよ」

 

おはようと挨拶して無視されてイライラしても、

 

「子供ってのはそういうもんだよ、この程度でイライラするなんて毒親じゃない?」

 

夫や妻がこんなこと言ってきたら明らかにモラハラだろって息子の言葉に怒り爆発してたら、

 

「子供にこんなことで怒らないでよ。毒親お得意のヒス構文じゃん」

 

 

 

……

 

 

だああああああああああうざってぇ。

 

 

 

こんなの完璧に誰ができるんだっての。馬鹿なんじゃないの。うるさいよ本当に。私にはできることとできないことがあんの。

 

2度と理想の親を押し付けるな、むかつくんだよ。

 

と自分自身に言いたいです。

おわりに

と言った感じで、頭の中の声に自分を何度も何度も否定されて毒親認定されるので、息子とはもう話したくない。

 

話したくないというか、話す勇気がない。一つ一つ乗り越えていく元気がない。

 

頑張ってこちらから愛情を示すまではいい。でも返ってきた愛情を受け入れる気力はない。だったらもう愛情を示さない方がいい。

 

……といった感じで、理想の完璧な親でないといけない縛りがハードモードすぎて何もしたくなくなり息子から逃げてるのが今の私かなぁ。

 

それでも家族だから一緒にいる時間があって、避けられないから嫌悪感と怒りに包まれているような気がしてる。

 

どうでしょう、いい感じの考察では?

 

解決策は完璧主義の緩和と、自分の中での芯を持つことかなぁ。

 

今の所ふわーっとしててあれだけど、まだまだ奥底まで辿り着いていない感があるから認知行動療法を継続します。

 

6/25 認知行動療法7日目

筆記開示 +20分(累計140分)

7つのコラム +1(累計7)

 

うう、23時過ぎてからのワークはしんどいな。寝る。おやすみなさい。

 

ここまで読んでいただき感謝。

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