ステップファザーにできること

発達障害マイペース娘・健常児やんちゃ坊主と過ごす継父のステップファミリー奮闘記

すぐに実家に逃げる旦那と残された妻の気持ち

私たち家族は今、旦那である私の実家の近くに住んでいる。

 

子連れの妻との結婚時に引っ越し先を探す際、慣れない子供たちと暮らす私のストレスが半端じゃないだろうと妻が考慮してくれた結果である。

 

ネタじゃなく初期の私のレベルはあまりに低く、車で5分の実家に結婚当初から私はよく逃げ出した。

 

日曜には「買い物に行ってくる!」と言って買い物帰りに実家に逃げ込んで数時間帰ってこないとか。

 

子供や妻との関係でイライラしだしたら実家に逃げこんで翌朝まで帰ってこないとか。

 

こんなことがザラにあった。

 

長時間じゃないにしても、家族を放っぽりだして逃げ出すお父さんは少なからずいるんじゃないか。

 

それはストレスがたまったりイライラしたりもう限界だと思った結果だろう。

 

私もそうだった。もう限界だと感じたらその度に逃げ出した。逃げ出した先にある実家には、責任も何もない安心した空間があったからだ。

 

何かあるたびに逃げ出しながらも、少しずつ成長している。のらりくらりと逃げながらも私は何とか頑張っている。そう思っていた。

 

誤算があったとすれば、残された妻の気持ちがわからなかったということだ。

 

私がそのことに気付いたのは、一緒に住み始めて一年ほど経ったある日のこと。

 

子供と三人で夕飯を食べていた。

 

穏やかな日だった。何事もスムーズに進み妻が仕事から帰ってくるまで何の問題もなく過ごすはずだった。

 

だが食事中、隣に座っていた娘に突然叩かれたのである。

 

む?と思いながらも落ち着いて「やめて、痛いよ」と伝えたら

 

手首をつかまれてぎぎぎーっと強く引掻かれた。

 

 

 

 

 

はぁ? 

 

なんで私がこんなことをされなきゃならないんだ?

 

と頭に血が上った私は娘の両手を掴んで強制的に動きを止め、「やめて」と繰り返し言った。

 

腕を掴まれた娘は発狂し暴れまわった。それでも私は腕を掴んで離さず二人で床でもみくちゃになりながら争っていて、最終的に娘も泣き出した。

 

すると、その行為を見ていた息子が突然大声をあげたのだ。

 

「パパやめて!姉が嫌がってるでしょ!」

 

 

 

 

 

 ……はぁ?

 

いつも娘と喧嘩してるお前にだけは言われたくないわ!!

 

と火に油で私の怒りはマックスへ。

 

だが、ふざけんなふざけんなと思いながらも心の底では私が大人気ないというのもわかってはいた。こんな対応では無駄に時間を食うだけだともわかってはいた。

 

わかってはいたので娘の手を離し、息子がおいしくないと残したぬか漬けのきゅうりを流し台に叩きつけ、それから子供達のことを無視し何も話さなくなった。

 

その後すぐに妻が帰宅したが自宅の空気は最悪。誰も喋らない誰も笑っていない。

 

私は妻に言う。

 

「もう疲れた。あとはよろしく」

 

そう言って実家に逃げ帰ったのだった。

 

それから私は実家で母の作る大量のうまい飯を食い、何でもそうだねーと聞いてくれる母に文句を言いまくり、ふざけんなと怒りを撒き散らし愚痴りまくってすっきりした。

 

すっきりして溜飲も下がったこともあり静かに帰宅。

 

21時頃だったが珍しくまだ妻も子供たちも起きていたようで、3人でお風呂に入っていた。

 

げ、まだ起きてんのか、と洗面室の前でぼけーっとしていたら、聞こえてきたのだ。

 

妻の怒号が。

 

なんだ?と思って洗面室のドアをあけて聞き耳をたてていると、妻は怒っていた。息子にも娘にも。

 

怒ってる内容はどうでもいいことだった。普段だったら絶対にこんなことでは怒らないだろうことで妻は怒鳴り散らしていた。

 

もう「何も触るな何も喋るな!」という感じで、息子も娘もわんわんわんわん泣いていた。

 

妻の怒鳴る声と子供達の泣き声が響き渡っていた。

 

……なんだこの地獄は。

 

まさに地獄だった。息子が泣きながら妻に何かを訴える声。娘は泣きながら暴れている様子。そしてそれに対して繰り返される妻の怒号。

 

外で聞いていた私は、頭を抱えて絶望した。

 

そしてその時に自分が置かれている状況を初めて理解した。 

 

私は、子供達と血の繋がった妻なら、赤ちゃんの時からずっと一緒にいる妻なら大丈夫だと思っていたのだ。

 

私が逃げ出してもあとは妻が全て何とかしてくれる。

 

だが違った。

 

妻だって私と同じなのだ。

 

旦那は子供との喧嘩ぐらいで逃げ出し、丸投げされた妻がそれら全てを抱えきれるほどの余裕があるわけじゃない。

 

それでも残された妻は逃げるわけにはいかない。

 

私は自分の後ろに妻がいることに安心するただの子供だった。

 

だが、泣けば逃げれば誰かが守ってくれる時代は既に終わっていたのだと知る。

 

私が逃げたら妻があとは全て上手くやってくれているなんて都合のいい妄想もいいところだ。

 

妻だって私が逃げたらはぁ?と思うだろうし、そんな状況で子供たちと楽しい時間を過ごせるわけもなし、普通に疲れるしイライラするしうんざりする。

 

私はすぐに実家に逃げる子供のままで思考停止するのではなく、何とか踏ん張って二人で考え乗り越えていかなければならなかったのだ。

 

それが一蓮托生の夫婦じゃないか。

 

 

これが、絶望の中で得た教訓の話である。

 

それ以来私は少しずつ行動を変えようと試みている。

 

すぐには難しかったが実家に逃げ帰るのをまず減らした。

 

この記事のようにどうしても許せなかったこともあるが、なんとか踏ん張った。

 

今では日曜日は娘と二人で買い物にいって1時間で帰宅するし、どれだけ怒っても実家に逃げ帰るといったことはほとんどない。

 

愛される子供の立場から、愛する大人になることは人生の課題でもある。

 

実家に行けば私は子供のまま。親に愛され何でも許され何もしなくても許される。

 

だが妻と子供達と一緒にいれば、私はお父さんで何でもしなくちゃいけないし家族を守るという責任が生まれる。

 

急には無理だろう。今でも子供の部分は残っているだろう。

 

少しずつ大人になれるように努力しなければならない。

 

妻には本当に申し訳ないことをした。

 

これからも逃げ出すことはあるかもしれない。妻だって追い込まれたなら逃げ出したって構わない。

 

それでも、妻と一緒に全てを乗り越えて成長していけたらと思う。

 

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