息子の寝かしつけに時間を取られ、睡魔と戦いながらこれを書いているとんぼである。ごきげんよう。眠い。
本日は普通の何もない日ではあったが、妻が仕事にて親睦会があるとのことで夜は帰ってこられないという。
妻の母に子供達を見てもらうという提案も受けたものの、断ってみた。
というわけで、子供達と3人で過ごして寝かしつけまで完了したのが今である。お疲れさまだ。
少し思うところもあるので、久々に感想を書いていきたい。
一緒に住み始めた当初の3人の夜
何度かこのブログでも書いたことがある。月に2回、妻が仕事の都合で夜に帰ってこないので私が子供達と3人で過ごすのだ。
だけども、これがもう不安しかない。あれが失敗するかもしれない、これが拒否されるかもしれないと私は前もってかなりの準備をしていた。
お風呂後の着替えとか、食事とか、寝る準備とか。子供達が何かに気をとられたり、拒否されないように徹底的に準備するのだ。
なんだろうね、確かに生活がスムーズにいくように準備するのは別に悪いことではないんだけども、今は思う。
子供達を思い通りにしたい。支配したい。私の想定通りに動かしたい。
そんな思いがあったのだろう。
コントロールしたいっていう無意識が確かにあった。自由を謳っていた当時から何となく違和感をもっていたが、今はわかるよ。
支配しないと、私が困ってしまうから。だって大変だもん。3人で過ごすの。
そんな当時を思い返しながら、今日は何にも準備せずに挑んでみたぞ。
何も準備していないお父さん
今朝はまだ少し体調が優れなかったというのもあったが、子供達が帰ってくるまでの時間にほっとんど何も準備しなかった。
それでも、何とかなるだろうというふわーっとした自信があった。なぜかと言えば、もはや子供達を支配する気がないからである。
上手くいかんこともあるし、お願いを聞かないこともあるだろう。
でも、いいじゃないか。それはそれで。
いつもは子供達を20時過ぎに寝かしている我が家だが、ちょっとやそっとトラブって就寝時間が1~2時間ずれたところで、人生に大きな影響があるだろうか?
妻がいないのだから、いつもとは違うし想定通りにいく方がおかしいってもんだ。
それを何が何でもいつもと同じ時間に、いつもと同じようにやってやる!という姿勢では、私も子供達もきっついよ。
本日の流れを振り返る
というわけで何も準備しないまま挑んだ本日の夜。
送迎後に帰ってきて3人で風呂に入ると、息子は声をかける前に汚れた自分の靴を勝手にタワシで洗っていた。
体をふきながら娘に顔を叩かれるも、痛いからやめてと告げたら手を止めてくれたり。嫌がるドライヤーで多少暴れながらも我慢してくれたり。
入浴後も暴れることなくゆったりテレビを見て、レゴで遊びながら夕食を待つ子供達。
息子は食後に手を洗い、寝巻きに着替えて、明日のカバンをいそいそと準備をしていた。
娘も食後に一人で手を洗って私のサポートありで着替え、薬も拒否なく飲んでくれた。
19時45分には歯磨きも何もかも全てが終わって寝るだけに。少しかわいそうだったので、3人でマインクラフトを30分ほどやってニコニコになったらそのまま寝室へ。
妻がいなくて寂しいと添い寝を希望してきた息子。断るもんでもないなと1時間程度付き合って、今に至る。
うむ。なんか、こう書いてみると何か込み上げてくるものがあるよね。
この子達はこんなにも成長していたのかと。
日常生活で必須の習慣がほとんど身について、私が何度も注意したり事前に準備してコントロールするまでもない。
蓋を開けば、何もなかった。ただ私が一人で追い詰められていただけか。
毎日が修行である
今回はこのようにかなりスムーズにケンカもせずに終わった1日であったが、今後も子供達と3人だけで過ごす日はくる。
その時にはまた、娘が暴れまわったり、息子がわがままを言ったりと私の思い通りにいかないこともあるはずだ。
それも毎日子供達と接しながら子供達に対する考え方や意識を調整していけば、きっと想定外の超えられる気がしない高い高いハードルも乗り越えられるよ。
少しずつ子供達と一緒に成長していくのじゃ。 うむ、考えれば考えるほどに修行ですなぁ。
そんな感じで、修羅場を潜り抜けて気づけば一皮むけていたとんぼと子供達であった。