ステップファザーにできること

発達障害の娘とやんちゃ息子の父によるステップファミリーの話

だらだらしながら眠り続けてもニュースを見ると全く心が休まらない話

昼も夜も眠り続けるとんぼである、ごきげんよう。

 

心が死にかけているので意識して休養をとっているのだが、あまりいい休養になってなさそうな気がしてきている。

 

何でだろう、こんなに眠っているのに。

とんぼちゃん、寝る

まず一つ言いたいのは、まじで眠くて眠くて仕方がないということ。一体どうなっとるんじゃ。

 

ここ最近は、日中とても眠くて何も活動できない。だらーんとネットを見るか寝るか。

 

送迎はするしご飯もかろうじて作り、夜になるとブログを書かなきゃとだらだら書き始めて寝るのが0時ごろ。

 

朝まで眠っても眠くて眠くて(略

 

さすがに焦燥感を感じているぞ。でも、「ツレがうつになりまして」のツレが言ってたんだよ。

 

うつ病には「あとで」が大事。

 

「あ」焦らない

「と」特別扱いしない

「で」できることとできないことを区別する

 

つまり焦らずにできることをやっていこうという話なのだが、さすがに5月末くらいから休養モードに入っているのだ。

 

もう7月の中旬!?という、この時の流れの速さにさすがに焦りも生まれ始めている。この焦燥感も休養には悪影響っぽい。

 

それでも眠いから。寝るしかない。普通だったら「もう眠りたくない、起きたい」と思うほどに寝ても、そんなことにはならない。

 

眠っても眠っても、ずっと眠り続けたい。体も動かない。そんな感じ。

悲しいニュースを見て心を傷つけるとんぼ

休養モードということで以前よりかなりニュースに触れることが多くなったというか、2ch(現5ch)に入り浸ることが多くなった。

 

そしたらわかる。ちょっとしたどうでもいいニュースが私のメンタルにかなりの悪影響を及ぼしていることが。

 

どうでもいい芸能人のコメントに不快感を覚えたり、なぜか攻撃されているような感覚になり凹んだりする。

 

それはそれで有意義な発見だったのだが、最近あった大きな放火事件(テロ?)とかは、もう笑えないよね。悲惨で理不尽な事件で。

 

もともと好きだった制作会社ということもあり、時間もあるからその事件の最新情報を無意識に追っていくのだけど、自分の心がすげー落ちていくのがわかるのだ。

 

なんでこんなことするんだ?あまりにひどすぎやしないか。自分がこの現場にいたらどうするだろうか。子供達や妻がいたらどうするだろうか。

 

そんなことをぐるぐる考えて、ダークサイドに落ちていく。

 

下記サイトより引用するが、

悪いニュースを毎日見続けていると、心にどのような影響を及ぼすか | ハフポスト

心理学者によると、ネガティブで暴力的な報道は深刻で長期的な心理的影響を与えるといい、それは単に悲観的になる、あるいは非難するといった感情をもたらすだけにとどまらない。メディアの暴力と心理的影響を専門とするイギリス人心理学者デイヴィ・グラハム(Graham Davey)博士によると、メディアの暴力はストレスや不安、抑うつ症状を増大させ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす要因にすらなるとしている。

 

簡単に書けば、暗く悲しいニュースを見ているだけでメンタルやられてしまう、ということさね。

 

せっかく休養タイムなのに、自分で自分の心を破壊しにいってるようなもんだから、ニュースはもう見ないことする。

 

悲しいよ。

とんぼちゃん、やっぱり寝る

というわけで、ニュースを見ずに眠い時はとにかく眠ることに専念しよう。

 

最近はちょっと理解できない理不尽な事件が続いているから、一切ニュースを見ないというのも自衛の観点からすると危険ではあるのだが。

 

最低限の情報を集めるくらいにして、あまり深く追いかけないようにしたい。

 

我が家の食事担当大臣になった父、ストレスフリーな方法を考える

どれだけイライラしていてもご飯だけは作るとんぼである、ごきげんよう。

 

体が動かなかったら仕方がないが、怒っているくらいならばご飯は作る。一緒には食べないが。

 

それはさておき、ご飯を作るという行為にも結構なストレスポイントがある。それをいくつか解消する術をまとめていきたい。

理想を捨てたとんぼ

現在の我が家は私が料理を担当し、妻が子供達の相手をすることになっている。

 

今までは料理もしなきゃ、そして子供達が暇にならないように楽しい時間も作らなきゃ!とそわそわしながら家事をしていた。

 

それも妻が子供達の相手をすると決まっていれば話が違ってくる。暇そうな子供達をすべて妻が受け入れてくれるのだ。

 

その間に私は料理を作り、片付けをし、翌日のご飯の準備ができたりする。これは非常に大きな革命じゃないか。

 

とはいえ、私の元気が100%戻っているわけでもないから、料理にそこまで力はいれない。

 

以前は味噌汁を作るのにも、鰹節と煮干しから出汁をとっていた。朝ごはんもGOPANで焼きたてパンを提供したり、自家製ヨーグルトを作ったり。

 

そのような高い理想はとりあえず一旦捨てて、「何も出さないよりはマシ」という考えで食事を作るようになった。

 

味噌汁も面倒ならインスタントでいい。パンも市販のもので最低限マーガリンさえ入ってなけりゃよし。

 

高い理想にこだわりすぎると、かなり悲惨な状況になったりする。食材のほとんどを腐らせてるのに外食したりレトルトに頼ってしまったり。

 

それなら、最初からハードルを低くするほうがベターだと判断。とりあえず子供達が美味しそうに食べてくれるならよし。

 

それが今のとんぼの考え方である。

献立を作るとんぼ

理想を捨てたことともう一つやってみているのが、1週間分の献立を作ること。

 

これいいぞ。本当にいい。いくつかメリットをあげていきたい。

毎回献立を考えるの面倒くさすぎる

料理を担当する時に何が一番イヤかと言えば「何を作ろうかな」と悩んでいる時間である。

 

冷蔵庫の中を見て、消費期限が切れそうなものや痛みそうな野菜、解凍済みのお肉とか。

 

その辺のチェックも必要だし、最近食べたばかりのメニューは出せないし。あー何作ろうかな、あれがいいかな、これがいいかな、と考える。

 

この時間、ものすごいイライラしない?

 

毎食じゃないにしても、毎日のように料理前に何を作るか考えるのは本当にストレスがたまる。

 

そしてこのストレスが、事前に献立を作ることで回避できるだ。すごいじゃないか。

 

1週間分を事前に作るのは少し面倒ではあるが、ざっとメニューを見られるのでバランスが取れるし、実際に料理を作る時に悩む必要がない。

 

そう、悩む必要がない。なぜなら献立を作る時にすでにもう悩んでいるから!

 

これはいい。

買い物時短

また最近の日曜日は娘と一緒に食材の買い出しも行くのだが、やはり子供をつれて行く買い物ってのはそこそこに緊張する。

 

うちの娘なんてのはちょっと気に入らなかったら他者を叩いたりするので、気が気じゃない。

 

それも献立があれば必要なものが決まっているためかなりスムーズだ。

 

安い高いはあまり気にせずに必要なものをざーっと集めていくだけ。無駄なものは買わないし腐らせることもない、大きく予算オーバーすることもない。

 

何より買い物がすぐに終わる。こんなに楽なことはない。

今後も献立は継続していきたい

元気になればもう少し気合いの入った料理も作れるはずなのでそれは少しずつ改善していくとして、献立は習慣にしたいと考えている。

 

今は紙に書いて冷蔵庫に貼っているが、アプリとかで管理するのもいいかもしれない。外出先で確認したい時もあるし。

 

うむ。いかにも新発見です的に書いてみたんだけど、献立とかみんなやってんだろうね。

 

正直そんなに料理が好きじゃないんだけど、重要度が高いのは確か。できるだけストレスフリーな方法を模索していきたい。

 

三連休は久々にほぼフル稼働で子供達と過ごし遊びまわった話

三連休が終わってダウンしていたとんぼである。ごきげんよう。

 

火水と眠り続けて少しは回復してきたので、軽く三連休を振り返ってみたい。もう遠い昔のように感じるねぇ。

家族で山登り

7月中旬にもなると、夏真っ盛りで暑くて暑くて仕方がない。こんだけ暑いと公園にも行けないし、買い物に行くだけでも地獄。

 

天気がいいから外に遊びに行ける!というのは完全な誤解で、天気が良すぎると逆にどこにも行けなくなる。曇りがベストですね。

 

家にいても喧嘩しかしないので、どこに行こうかーと悩んだ結果以前から行きたかった登山コースに家族で挑戦した。山は涼しいのだ。

 

しっかりとした装備で登って行く人たちがいる中、我が家族は完全に舐めきった軽装で挑戦。

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往復2時間程度の山で、頂上まで登る気がなかったというのもある。

 

私は娘と終始手をつないで歩く。自分だけで登るのも精一杯なのに娘が転ばないようにサポートしながら登るのは結構しんどい。

 

未来の不安とか将来とか考える余裕がゼロ。今この時間に集中しなければいけない。うつ病に効きますね。おすすめ。

 

そしてやはり登山がきついなーと感じたのは、帰りもあるということ。帰りのことも視野にいれないと、とんでもないことになる。

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そう、娘が歩かなくなったのである。山で座り、絶対に歩かない。

 

そうなると、もう抱っこするしかないじゃないか。誰が抱っこするって、私が抱っこする以外に選択肢がないじゃないか。

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こ、これは絶対にブログに載せなければ!!と、妻に「早く!はい、今!写真とって!」と急かせて撮ってもらった写真が上のもの。

 

いんやぁ、20kgオーバーの子供抱っこして山を降りるってまじで正気の沙汰じゃない。危ないし疲れるし。

 

でも、やっぱり山はいいよね。癒されるよね。

家族で川に行く

暑い暑い暑い暑い!ということで、最終日は川に遊びに行くことになった。

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三日間で色々と行っていたこともあり、最終日は朝から気分が乗らず喋る気もしない。ちょっとした妻や子供達の一言にいらっとしたりする。

 

それでも何とか弁当を作って、家族揃って川に行くことに成功した。そしたらもう気持ちがいい。

 

いやまじで、夏の川の気持ち良さは半端じゃない。1時間くらいそこに座っているだけで、気分が晴れて体に力が蘇る。

 

子供達はスクール水着でがっつり泳ぎ、妻も一緒に入って楽しそうであった。

 

また足がつく場所で一度溺れかけた娘、テンションが下がって怒りの体育すわり。

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最後の最後で着替えの手順について息子と妻が大げんかをしていたくらいで、それなりに楽しめたのではなかろうか。

 

ちなみに私も川で泳いだが、それはそれは気持ちがいいものであった。満足じゃ。

三連休をがっつり遊ぶって

以上、三連休を子供達と遊んだ話であった。

 

他にも花火大会では混みすぎてて遠くから小さい花火しか見られなかったり、買い物行ったり義母の家に遊びに行ったり。頑張ったね。

 

山登りの時はフレンチトーストを作り、川にはおにぎりや簡単な軽食、花火大会には焼きそばや焼き鳥も作ったりもした。料理こんだけできりゃ及第点でしょう。

 

いつも怒りの記事しか書かない息子を肩車したしおんぶもしたし、久々にがっつりお父さんをやってみた。それはそれは喜んでいたぞ。

 

最近はイライラした話ばかりが続いていたので、たまにはこういうあっさりした体験談もいいのではないか。

 

思えばこうやって子供達と遊びに行った話を書くのが本当に久しぶりな気がする。いや、遊びに行くのが久しぶりなのか?

 

子供達に馬鹿にされたと感じると凄まじい怒りに襲われる話

三連休をそこそこ活動的に楽しんだとんぼである。ごきげんよう。

 

元気を取り戻しつつあるため妻と子供達とほぼ四人で過ごした三日間。子供達にイライラすることも当然のように多かった。

 

以前のようにダークサイドに落ちることはないものの、口も聞きたくなくなるほどの怒りに短時間ながら襲われることがある。

 

その怒りの共通点がなんとなくわかったのでお伝えしたい。

とんぼが三連休で怒ったこと

まず私が三連休で怒ったことをいくつか紹介したい。くだらないぞ。

バナナ牛乳を作ってみたら

最近は張り切って料理をしているのだが、どうしても使いきれない食材が出てくる。

 

そこで余ったバナナと牛乳で、適当にバナナ牛乳を作ってみた。私は牛乳はNGな人なので、子供達が喜ぶかなーということで作ってみた次第。

 

そしてバナナ牛乳だと伝えずに飲ませてみた息子が一言。

 

「うぇえ、おれバナナ牛乳きらいなんだけど」

 

最近は自分のことを「おれ」と呼ぶようになったのも鼻につくのだが、この言い方に怒りに震えた。この怒りを1から10で言えば、10だね(^^)

 

お前がバナナ牛乳きらいとか知らんがな!とか、人が作ってやったのにとか、色々な思いがあったのだろう。

山登りにて

三連休ということで登山にも行ったのだけど、足場はあまりよくなくて、岩がごつごつ出てて滑る可能性もあるところ。

 

道幅もせまく、転べば転落したり怪我しかねないという登山ルート。

 

私が娘と手をつないでサポートしながら登っているのに、息子は妻からも離れてさくさく前に進んでいく。

 

それはまぁいい。いいんだよ、怪我しないなら好きに進んだらいいじゃない。でもいちいち言い方がイラっとするのだ。

 

「おれが一番早い」

「こんなの簡単だよ」

「みんなー早くいくよー」

 

この感じがもうイライラしてイライラして仕方がない。はぁ!?としか思わない。

 

あまりにイライラしたので、娘を妻に任せて息子の数倍の速さで山を駆け抜けて追い抜いてやったわ。ふはは。

娘との喧嘩

娘と二人だけで夕食を食べる時間があったのだが、娘がお箸を何度かテーブルに落としたり投げたりしていた。

 

やめてと注意したら、次はお箸をテーブルにガンガン突き刺すという行為に。ひたすらお皿の周りをガンガンガンガンお箸で突き刺している。

 

私もこんなことではイライラしないぞ。娘も何かしら思うところがあるのだろう。でも、だめじゃないか。

 

テーブルも傷つくし、危ないし、使い方も間違っているし。だめなもんはだめだと注意をしなきゃいけない。

 

というわけでそれも注意したら、突然顔にお箸を投げられた

 

むかつくなんてもんじゃないぞ。ぜひ、やってみて。

馬鹿にされたと感じているぞ

最新の怒りを三つほどご紹介した。この三つに共通している怒りを私なりに分析したところ、私が馬鹿にされた、見下されたと感じていることに気づいた。

 

娘にランドセル持つように声かけたらガン無視でスタスタ歩いていく、これと似たような怒りだね。

 

なんだろう。子供達がどう思っているかは関係がない。私が「こいつ、私のこと馬鹿にしてるな」と感じた時に私は怒りを覚えるらしい。

 

器がちっちゃいというか、大人げないというか。

 

バナナ牛乳がまずいと言われたのは、「おれ、バナナ牛乳きらいなんだけど」「なんだけど」に怒っている。

 

まずそうな顔をして、「そんなことも知らないの?」みたいなニュアンスに聞こえたのが非常に腹がたったっぽい。

 

息子が一人でサクサク山道を進んでいくその言動にむかついたのは、「おれは速い、お前たちは遅い」という風に聞こえた。

 

はぁ!?ふざけんな、幼稚園児より遅いわけないだろうが!!という怒りですね。思考を辿ればわかりやすい。馬鹿にされたと確かに感じている。

 

そして娘に箸を投げられて怒ったのは、そうですね、書くまでもないですね。

 

真っ当な注意をして逆に攻撃されたら、こいつ舐め腐ってんなって普通に思いますよね。

これからどうするか

以上、馬鹿にされたと感じたら怒りを覚えるというどうでもいい話であったが、最後にこれからのことを書いてみたい。

 

まず、上にも書いた通り”私が馬鹿にされたと感じる”ことに怒りを覚えるのであって、”実際に子供達がどう感じているか”は関係がない。

 

これは主観的な話だ。ただ、私が馬鹿にされたと勝手に怒っているだけ。

 

人間だからね、馬鹿にすることも見下すことも当然あるはずだが、そうじゃないこともあるだろう。

 

息子は本気でバナナ牛乳が嫌いだっただけかもしれないし、山を一番で進んでいたののも「おれすげええええ」をアピールしたいだけで、他の家族を馬鹿にするつもりはなかったのかもしれない。

 

娘だって、注意されてカッとなって衝動的に箸を投げただけだと思われる。

 

冷静に考えれば今回のこの三件。子供達が私を意図的に馬鹿にしたようではなさそうだ。それに実際に馬鹿にしていたとしても、その本心を確かめられるわけでもない。

 

つまり、わからないのである。わからないし、馬鹿にすんな!と怒ったところで何かいい方向に変わるのだろうか?子供達の思想を捻じ曲げられるのか?

 

無理だよ。そんなの。意味ないし、望んでいない。

 

だからまぁ、子供達の発言に勝手に「馬鹿にされた!」と感情を爆発させるのではなく、その場その場で最善を尽くす。それが暫定の答えです。

 

バナナ牛乳嫌いだとわかったのならOK。他の誰かが飲めばいい。次から息子には出さない。

 

息子が進むのが速いと自分で考えているのならいい。ただ、危険なことはしっかり注意せねばなるまい。

 

箸を投げられたのも、辛抱強く、手を替え品を替えなんどもなんどもしつこく言い続けるしかない。

 

かっとなって、目的を見失うなってことよ。これもんよ。

 

うむ、久々にいい考察ができたな!

 

他者の問題に土足で首を突っ込むのが息子のイライラポイントの一つ

三連休ということで、金曜日に3本目の記事を書き始めたとんぼである。ごきげんよう。

 

テレビでよく言われる二本撮りとか三本撮りの意味がよくわかる。きつい。でも、連休にブログ書く時間なさそうなので、書けるだけ書いておきたい。

 

さて、今回はまた怒りの話。

 

毎日筆記開示してかなり息子に対する怒りはなくなった(ほぼゼロ)のだが、それでもカッと頭に血が上ることがある。

 

その点に気づいたので少し書いてみよう。

テレビは誰の日で誰が遊ぶのか

最近は平日の夜には妻が子供達と遊んでくれているのだが、基本的に子供達にはテレビの日が決まっている。

 

月水金が息子の日。火木土が娘の日。二人ともテレビが大好きで、親と遊ぶよりもテレビを見ることを選ぶことすらあるくらい。

 

テレビが自分の番ではない日は子供達も退屈そうなので、暇そうな相手と妻が遊んでくれている。

 

で、木曜日のこと。娘のテレビの日だ。だから、妻がテレビで娘が踊れるパプリカやUSAの動画を流そうとしていた。

 

もう一度書くけど、木曜日は娘のテレビの日なんだよ。だから妻がテレビを操作して、娘が好きな動画を再生するってのは自然の流れだと思っていたんだよ。

 

そしたら息子がバッ!とリモコンを奪って「僕がやる!」と言い出したのである。

 

……

 

はい、ここです。私の腹わたが煮えたぎるポイントがここ。わかりにくいでしょうか?

 

もう少し続ける。リモコンを奪ってパプリカを検索しようとした息子に、「いや、ママがやるから」と声をかけたがガン無視。

 

「ねぇ、ぱぷりかのぱはこれでいいの?てんてんがつくの?こうでしょ?」

 

とかなんとか言いながら、リモコンをぽちぽち押していく息子。

 

この感じ。

 

めちゃくちゃむかつくのだ。

 

あまりにむかつきすぎて料理をしていた私が横から口を出してしまうレベル。

 

妻は特に何も感じていなかったようなので、こりゃ私が邪魔者だなと察知してすぐに距離を置くことで無事に生還した。

 

あの怒りは怖いなぁ。我慢できないよ。

課題の分離を思い出す

最近はあまり書かなくなったが、私にとっての人生の指針はアドラー心理学である。

 

そこに当てはめると、少し見えてきた気がする。なんというか、息子は「頼んでもないのに人の課題に土足で上がり込んでくるやつ」なのだ。それが子供でもあるが。

 

例えば今回のテレビの件、私は完全な部外者だから私も課題の分離ができていないのだけども、

 

①木曜日は娘のテレビの日で

②妻が娘に好きな動画を見せようと

 

していたのである。つまり、息子はまじで関係ないの。部外者で、無関係なの。

 

それが、突然割って入ってきて「僕がやる!」と一切誰の返事もきかずにリモコンを奪い取り、さらに「いや、妻がやるよ」と言っても無視をする。

 

この感じ?関係ない人の問題に突然割って入ってきたこの感じが気に入らないのだと思う。

 

いやいいよ。「僕に検索させて!」と許可を得るならね。少なくとも「返して」と言われたら返すとか。

 

あるじゃん。人のやりとりに首を突っ込むなら、手順があるじゃん。それらを全てすっ飛ばして首を突っ込んでくるからむかついたんだと思う。

 

似たようなイライラポイントなのが、息子が「姉の体ふいておくよ!」「僕が姉にご飯あげたんだよ!」という姉のお世話しましたアピールをすること。

 

娘は親がしっかり面倒を見て、できないことを支える役目をしなければならないというのが私の無意識だからだろうね。

 

「親と娘の問題に、頼んでもないのにずかずか入ってきて偉そうにしている息子」だと感じている。

 

関係ないお前は引っ込んでろよ!

 

そんな怒りだと思われます。大人気ないでしょう?ふふふ。

任せることも責任をとることか

ここまで書いてみて一つ思ったのは、見出しの通りだ。

 

責任は私がとるけど、その上で息子に任せてみよう。

 

そんな考え方もありかもしれないね。

 

息子に関係がないのにリモコンを奪って検索し始めるのだって、最終的に娘が好きな動画が見られればそれでOKだ。

 

あとは息子にできると信頼するかどうかである。

 

息子が娘のサポートするのだって、娘が嫌がらずに笑顔でにこにこしながら楽しそうにしているのならOKだ。

 

あとは息子にもできると信頼するかどうかである。

 

この問題は息子に任せてもいいものなのか。また、息子には手を出させずに私が最後までやり遂げるべきなのか。

 

上記したもの以外にも多くの細かいイライラがあるのだけど、感情で判断せずにその時の状況で判断できるようにしたい。

 

あとはまぁ、息子のことを味方だと思っていないってのがあるな。無意識に敵だと判断してるんじゃないか。

 

一蓮托生の家族だ。最終的には、同じ目標を掲げた味方だと認識し直す必要があるのだろう。

 

息子に対する怒りが筆記開示によってほとんど消えつつある話

少しずつ前に進んでいると感じてるとんぼである。ごきげんよう。

 

ここ最近のこのブログは、息子に対する怒りの記事ばかり書いている。私でもうんざりするぐらいだから、読んでいる人もうんざりしていることだろう。

 

こんなのとか。

◆息子に対して狂気じみた怒りを感じる思考の癖を根本から変えたい話

 

でもそれも、かなり解消されてきた。基本的にどんよりとしたブログなので、たまにはちょっとした朗報も書いてみたい。

筆記開示で怒りをぶちまけろ

私の怒りに異常な効果があったのが、やはり筆記開示だろう。エクスプレッシブライティングを始めてからかなり変わったと感じる。妻から見ても変わったらしい。

 

ただ紙やPCにひたすら自分の思いを書いていくだけのものだが、やったことあるだろうか?本当にすっきりする。

 

例え夫婦関係であっても、親友であっても、言えないことってある。それが子供だったら特にそうだ。

 

ぎゃーぎゃー叫んでる子供に、「うるさい!」とは叫ばない。「うるさい」を飲み込んで、「ちょっと静かにしてくれると嬉しいな」と言ったりする。

 

そりゃ「うるさい!」なんて思わない時もあるのだが、疲れていたり寝不足だったりどうしたってイライラするときはあるのだ。

 

でもそんな一時的な感情をすべて子供達にぶつけるわけにもいかない。

 

そんなイライラも怒りもすべて書きなぐるのだ。書いて書いて書きまくれ。

 

私は毎日30分の筆記開示を3週間くらい継続していて、息子に対する怒りを書きまくった。途中怒りが妻にも方向転換したり、自分への嫌悪感に変わったりと大忙し。

 

とにかく書いて書いて書きまくった結果、今では「こうやると息子がかわいそうだな、この場合はこう言った方がいいかも」といった、とても穏やかな文面が続いたりする。笑える。

 

そりゃイライラする時もあるけどね。育児をやってる人なら、こういう本音を飲み込む機会が多いんじゃないかな。

 

ストレス対策をやるなら、まずこれをやってほしい。それくらいに効果があるぞ。

 

私は生涯続けます。

息子との関係性も少しずつ良くなりつつある

ここ二ヶ月前後、私と息子の関係性は最悪。こんだけ息子に対して怒りを抱いているのだから、私と息子の現実の関係性が良好なわけないよね。

 

以前は私の怒りを察知できなかった息子も、さすがに私に話しかけなくなってきたし、よっぽど私が元気じゃなければ「遊ぼう」とも要求してこなくなった。

 

かなりひどい状況だということだよ。だからといって、私から遊ぼうなんて言うわけもない。

 

でもそれも、怒りが消えていくことによって少しずつ改善しつつある。

 

先日も息子が上目遣いで「だっこして」と言ってきた時に抱っこができたし、というか先ほども何も言われてないけど抱っこをして「いつもありがとう」告げた。

 

ほとんど相槌を打つだけだった車での会話も、私からもそこそこに話をするようになった。

 

妻と子供達が居間で踊っていたエビカニクス、ちょっと抵抗はあったけども途中から私も参加して一緒に踊ったりした。

 

息子への怒りが消えつつあることで、少しずつだけど息子と出会ったころのように接することができるようになってきている。

 

これは非常に大きいことなんだよ。大変なんだよ。先日までは「最初からイライラしている状態」だったから、そこにいるだけでむかつくというか、同じ空間にいたくなかった。

 

今はありがとう、って気持ちです。

それでもむかつくことはあるはずだ

以上、2年間抑制していた息子への怒りを吐き出した結果、かなり心が穏やかになってきているという話であった。

 

だが、これは今までの怒りを吐き出しただけだ。聖人君子じゃないのだから、これからも日々の生活の中でイライラすることはあるだろう。

 

そういったイライラを冷静にとらえて、どう対応すべきか、今後どうしていくべきか。そんな前向きな姿勢を保つためには、どうしてもこの「最初からイライラしている状態」が邪魔だった。

 

だって隣にいるだけでイライラするんだぜ、対策のしようがないじゃないか。

 

今後は、怒りはその日で全て吐き出してほぼゼロに抑えつつ、冷静な頭で対応策を考えていけるはずだ。

 

むかつくむかつくむかつく!という話ばかりだったから、多少は前向きな記事が出てくるはず。

 

乞うご期待。

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考え方を切り替えて、妻にも暇な子供達と遊んでもらうことにした話

げ、明日から三連休かい!と苦笑しているとんぼである。ごきげんよう。

 

三連休ってどれくらいぶりだ。この「うわぁ……」という感覚、かなり久々に感じるぞ。

 

連休といえば子供達と一緒にいる時間が増えるのだが、子供達に怒ったりストレスを抱えまくっている私にとっては大事件。

 

でも最近、我が夫婦は少しやり方を変えてみたのである。その報告をしたい。

暇そうな子供達をどう思うか?

あなたは自宅にて超絶暇そうにしている子供達を見てどう思うだろうか?

 

遊んであげたい、自分で何かやったらいいのに、兄弟で遊べばいいでしょなどなど、人によってその考えは違うだろう。

 

私といえば、暇そうな子供達を見たらかわいそうだと思ってしまう。

 

うちの子供達はテレビが大好きだが、娘と息子は好きな番組が違う。息子が好きなのは娘も見たりするが、娘が見るものはまず息子は見ない。

 

だって娘はEテレが好きなのだ。知らないおじいさんが歴史を語っているのも、Eテレだからと見続けたりする。

 

そうなると、息子って暇なのよね。暇な息子はぼけーっとつまらなさそうにテレビを見たり、一人でおもちゃを出してはすぐ片付けたりと、見るからにつまらなさそう。

 

その感じが、私はもうかわいそうでかわいそうで仕方がない。息子がどう思っているか知らないが、こっちが申し訳なくなるくらいに見ていてつらい。

 

はぁ、そんなに退屈でつまらないんだね。ごめんね、もっと楽しい時間にしてあげられたらいいのだけど。

 

そんな罪悪感があるので、私はこれまで息子に楽しい時間を提供しようと色々と努力をしてきた。 

◆家事を全て朝に移動したら子供達とそこそこに夜遊べるようになった話

 

これでも書いてるけど、息子と一緒に文字の練習したり、マイクラやったり。

 

でもこれって、結局続かないのだ。その理由は簡単で、息子にイライラして一緒に遊びたくなくなるからである。

 

何でイライラするのかはまた別件なのだが、イライラしているから一緒に遊びたくない。でも暇そうにしている息子を見るのは忍びない。

 

そんなジレンマに悩まされている。

 

はて、ではそのあいだの妻は何をしているのでしょう?

 

そう、妻は子供達が暇だろうが何していようが、完全放置。書類整理や片付けなど、自分がその時に必要だと思った仕事をやる女だ。

 

子供達にもたまに話しかけるが、基本的に放置で一緒に遊ぶ気は毛頭ない。

 

遊ぶ気がないというか、暇そうにしている子供達を見ても「子供ってそんなもんでしょ?」としか思わないようだ。

 

妻が悪いわけじゃない。ただ、同じ状況を見ても人それぞれ感じ方が違うよね、という話である。

少しやりかたを変えてみましょう

と言いつつも、私の心の奥底ではふつふつと怒りの炎が燃えていたようだ。一言で言えばそうだな。

 

君の子供達だろ!?なんで相手しないの!?

 

確かに妻は絵本もたまに読むし寝かしつけもするし、日曜日には一緒に公園に行ったりもする。

 

でももっとこう、なんというか。妻がもう少し子供達と率先して接してくれてもいいんじゃないのかとずっと思っていた。

 

つい最近、この不満を妻にもぶちまけた。超面白くなさそうな顔をしていたが、わかってくれたよ。

 

その結果、平日の夕方は私が料理や雑用のほとんどをやるから、妻は子供達と遊ぶ係にしようということに。

 

そしてその日からの妻は、時間があれば子供達と遊んでくれるようになった。息子と共におもちゃで遊んだりとか。

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最初は「これでいいんでしょ?」とふてくされ顔をしていたが、最終的には楽しかったようである。

 

また昨日は3人でUSAやパプリカを踊っていた。

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嬉しい話である。いや、でも本当にありがたいよ。妻が子供達と遊んでくれることがこんなにありがたいとは思わなかった。

 

というか、妻が子供達と遊んでるの見るの初めてなんじゃないか?ってくらいにレアなんだよ。私もびっくりだよ。

 

「別に子供達は遊ばなくても平気でしょ」と本気で思っている人だからね。ガチだからね。

 

その間に私は台所で料理を作り、片付けをし、寝室の準備やゴミ出しなどを落ち着いて邪魔されずにできるのである。

 

めちゃくちゃ集中できるし、子供達もなかなか遊ばないママと遊べて本当に嬉しそう。皆が笑っていると私も嬉しいよ。

 

妻も仕事終わりで疲れているだろうに、付き合ってくれて本当にありがとう。

今後は私も一緒に

以上、私が料理や雑用、妻が子供達と遊ぶようにして今のところ上手くまわっているという話であった。

 

ただ、妻だって子供達にイライラして一緒に遊びたくない時もあるだろう。

 

だから、妻だけでなく私も一緒に遊ぶとか、また私だけで相手をするとか。二人が臨機応変に対応できる形にはしたい。理想はね。

 

今までは一気に一人で全部受け入れようとしてたから無理だったんだよ。無理なもんは無理だ。暇そうにしている子供達の全部を一人で抱えきれないよ。

 

だってまだ子供達と出会って2年だぜ、一緒に休日過ごして風呂入れられるだけで合格点じゃないか。

 

今後は妻と協力して子供達と遊ぶ時間を持ちながら、少しずつ子供達にイライラする思考の癖を改善していきたいね。

 

最後に、妻には本当に感謝しているぞ。大黒柱で旦那がうつだぜ、そんな状態でよく耐えている。もう少しだけ辛抱してくれると助かります。いつもありがとう。

 

日々メンタルが乱高下するので元気な時にできるだけ対策したい話

土日は超元気だったとんぼである。ごきげんよう。

 

土日は元気だったのに、月曜日からどでーんと絶不調になって何もできなくなってしまった。これぞうつ病って感じ。今まさに希死念慮もすごい。

 

死にたいと思いながらブログ書くって面白いなとニヤニヤしている。そしてこうやって書いている内に元気になるだろう。

 

さて、今回は土日に実施したストレス対策を紹介していきたい。

元気な時ってあるんだよ

最近のこのブログはとんぼ氏うつ病疑惑の話しか書かないが、まぁうつ病なんよ。これ、体動かんし眠いしちょっとしたきっかけで死にたくなるし。

 

病院で診断受けてないだけで、うつ病なのは間違いないと思うのじゃ。

 

それでも元気な時ってあるんです。めちゃくちゃ元気で、色んなことがしたくなって、未来が輝いて見える。そんな日があるのです。

 

それが先日の土日でございました。こんなまともなお昼ご飯を作れるのも久しぶり。

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辻ちゃんなら炎上するとは思うが、私は頑張ったのでございます。

 

送迎もなく睡眠をがっつり10時間くらいとれたのも効いてるはずで、日中に眠気もないし「何かうつ病対策をしよう!」という元気があった。

 

妻とも色々と子供達について話し合うことができたし、毎日のストレスになっていたことを対策できたりもした。

  

こんなに元気だったのは久々だね。まぁ、そのあと落ちるんですけどね。

土日に頑張ったとんぼ

今回対策したのはいわゆるループストレスというやつ。一度対策をしてしまえばそれで終わりなのに、対策をするまで延々とストレスを感じ続けるタイプのもの。

 

結構手をつけてみたので紹介したい。

部屋の掃除

私の仕事部屋にはPCやモニタなどの仕事道具が置かれている。

 

それにくわえて最近は楽しいことをしようとピアノやギターなどの楽器や書籍なども引っ張り出した。それなのに一切触らずに放置するという暴挙にでた結果、ゴミ屋敷状態に。

 

毎日この部屋を見るたびに「きたないなー」と感じていたのがストレスだったのだが、この度きれいに片付けた。

 

うむ。元気な時のこの一回の片付けで、今後この部屋を見てもストレスを感じることはなくなるだろう。いい仕事をした。

観葉植物を部屋にいれてみた

私がベランダで地味に続けているガーデニングの中に、サンスベリアがある。

 

引っ越し前は室内にあったが、引っ越し先ではうさぎが食べてしまうということでずっとベランダにおいていた。

 

それもこの度、100均で高さを調整できるグッズを購入した結果、無事に室内への搬入に成功。部屋にサンスベリアがあるのはいいね。 

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かなりでかくなってしまったが、こいつがいることで私のストレスも家族のストレスも大幅に軽減できるはずだ。素晴らしい。

その他小物を買ってみた

あとは細かいイライラポイントを探して100均でアイテムをゲットしてまわった。

 

引っ越し先にきて電源タップ(タコ足的な)が不足して毎回移動させて使うのがしんどかったので購入したり。

 

また常飲しているココアのケースの底が深すぎるのがイライラしていたので、長いティースプーンを買うとか。

 

ループストレスって、要はこういうことでしょ?

どうせ落ちる

以上、元気だった週末に思いついたストレス対策を実施した話であった。

 

私はわかっているんよ。こんな元気になっても、どうせまた私のメンタルも体調も落ちていくんよ。長くは続かんもんでそれがうつ病でしょ?

 

ならば、一度やっちまえばその恩恵をずっと得られるストレス対策をメインにやっていこうと考えたのである。

 

元気がないと本当に何もできないんだぜ。ただぼけーっとテレビ見るくらいしかできないし、眠くて仕方がない。

 

Twitterとかブログの通知も怖くて見られなくなるんだぜ。おっそろしいなぁ!

 

うむ。ここまでかけたら十分だ。筆記開示やって寝るよ。

 

私が好きな娘のあっさり感と、私が嫌いな息子のこってり感の話

娘と二人だけだと穏やかな心で過ごせるとんぼである。ごきげんよう。

 

なんやかんやあって金曜日は娘と二人だけで過ごす日で、つつがなく寝かしつけまで終了した。 

 

娘と二人だけで夜を過ごすと気づくよね。娘と息子の違いとストレスポイントに。

子供達と過ごす緊張感

娘と二人だけで過ごす時間はかなり穏やかだ。

 

家事や片付けなど面倒くささを感じるのはいつものことであるが、娘に対してはそんなに気を使わないし、自然に対応できたりする。

 

だが息子だったら違う。なんだろうね、そわそわする。いつ、どういった言葉や行動が飛び出すかわからないから、ピリピリしている。

 

これは二人の性格やこだわりの違いなど、様々な要因があると思う。

 

実際に娘と二人きりならかなり自由奔放に振る舞えるのは、イレギュラーが娘にそう大きな影響を与えないからではないかな。

 

娘は発達障害ということもあり、習慣的な行動に執着を見せたりする。逆に習慣から外れた行為を促すと怒ったりもする。

 

だからこそ、非常にやりやすい。帰ってきたら即脱衣所に行って全裸になるし、ご飯を食べたら手を洗いに行く。

 

そんなこだわりがあるので、たまーに私と二人になった時に、私がほろほろ遊びまわってスマホを触っていようがPC取り出そうが、娘にとってはどうでもいいことなのだ。

 

まったく興味を示さないし、いつものようにテレビを見たり絵を描いたりする。そういうところ、いいよね。

 

逆に息子がいると私は緊張する。こいつには一瞬たりとも弱みを見せられない!という思いがある。

 

この弱みとはなんぞや?

あっさり感とこってり感

では、ここで問題です。

 

あなたは子供と二人きりでリビングにいます。あなたは忙しいですが、子供は特にやることがありません。テレビも飽きておもちゃでも遊ばず、子供はとても暇をしています。

 

ポケットの中にスマホがありました。いつもは子供に見せないスマホですが、暇なのは今日だけで今乗り切ればもう大丈夫。さて、あなたは今、子供にスマホを見せますか?

 

これに対する私の答えを教えよう。

 

娘なら見せる、息子なら見せない。

 

なぜかといえば、娘は後腐れがない女だからだ。今日暇そうだったからとスマホでYouTubeをガンガン見せても、今日だけで終わり。

 

一夜を共にしたそのあと連絡もしてこないし、そもそも連絡先も交換しない。その場限りの関係を築ける女である。

 

だが息子だったらどうだ?暇そうにしている息子に、今日だけの特例としてスマホでゲームさせたとするだろう。

 

そしたら、その日はそのゲームの話ばっかりしてくるし、翌日も暇があれば「スマホ以外で何したらいいの?」と何度も何度も、その後何日にも渡ってずっとそのことを言ってくるはずだ。

 

「かわいいですね」と軽い気持ちで言ってみたら、付き合ってもないのに鬼のような着信とLINEの爆撃がずっと続く感じ。

 

えぇ、例えが悪いのはわかっています。

 

でもなんとなく理解できるでしょう?一回でもたかいたかいしたら、死ぬまでたかいたかいの刑に処されるってことだよ。断りづらい感情表現もセットだからえげつない。

結局は私のやり方が悪いだけだと知ってるぞ

以上、しつこいのが嫌いだという話であったが、これって結局私の問題なのは知っている。

 

今回だけだよって約束したなら、そのあとは何言われても断ればいいんだから。相手がどんな感情表現を使ってこようが、断ればいいんだよ。

 

それができなくてストレスが溜まるのは、ただ勇気がないだけだ。

 

断ったらがっかりするんじゃないかな。そしたら私のこと嫌いになるんじゃないかな。

 

そう思ったら、断りづらい。断りづらいけど、断る方向で頑張って対応する。それなのに断っても断っても、何度でも要求してくることに少しずつイライラしてくる。

 

がっかりとか私のことを嫌いになるとかそういうことを飛び越えて、嫌がらせして追い払いたくなる。

 

これじゃいかんのはわかっているし、どう対応すべきかも何となくわかる。 

 

事前にちゃんと説明すること。またその時の機嫌や体調によってぶれない対応をすること、断るべきところは断ること。

 

それだけなのに、今の私は不安と恐怖で芯の通った対応ができていない。

 

うむ。イライラで終わらずに対応策を挙げられるだけまだマシだな。だいぶメンタル回復してきたか。

 

娘のうんちの処理は私もやっているという今さらながらの自慢話

当たり前のように書いてるけど、当たり前じゃないことがあると気づいたとんぼである。ごきげんよう。

 

このブログを始めたのが結婚してから一年半の時だったので、さも当然のようにスルーしてきたことがある。

 

それが娘のうんち問題だ。大した話じゃないと判断してきたが、よくよく考えてみたら結構な大仕事なのではないか。

我が娘はパンパースにうんちをする

私の娘は重度の発達障害で特別支援学校に通う7歳児。

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少しずつ成長しているが、7歳になった今もトイレでうんちができない。トイレでうんちできないんだよ!知ってた?

 

尿意はわかるし我慢もできるので、「しっこしたーい」と訴えてるし自分でトイレにも行く。

 

でもうんちだけは絶対にトイレにしない。以前にこんな失敗もしたね。

◆娘から目を離して放置していたらお漏らしして大惨事になった話

 

いつもはパンパースを履いている時にうんちをしてくれるのだが、よほど我慢ができないとパンツ時にもうんちをする。

 

それはやばいので、平日は学校から帰宅→すぐにお風呂→そのままパンパースに着替え→娘のうんちタイム、という流れ。

 

これ文字で書くと簡単そうに見えるでしょう?そんなことないんよ。

 

子供達と三人でお風呂に入って、服着せて髪かわかして、よっしゃー終わったー!と思ったら、娘のおしりが膨らんでいるんよ。

 

すごく、がっかりするんよ。

 

風呂上がりでまた風呂場にて娘のお尻洗うって、精神的にも超絶しんどいんだぜ。

うんちの処理の話

最初の頃はうんちの処理は妻がやっていたのが、今では妻と分担してやっている。

 

どちらかといえば娘と一緒にいる時間が長いのは私の方なのだから、自然と娘のウンチを処理する機会も出てくる。というか、やらざるをえなくなる。

 

でも、やることは簡単だよ。

 

風呂場で全身脱がせてパンパースを外して、おしりふきで綺麗に拭いたあとに石鹸で洗って着替えさせて終わり。

 

ね、簡単でしょ?

 

介護職だったこともあり、別にうんちに嫌悪感もない。ただ必要だからやるだけだ。

 

でも聞けば、世のお父さんは子供のうんち処理が嫌いな人が多いっていうじゃないか!

 

じゃあ私が普通にやっていることって少しは自慢してもいいんじゃない?

多少は頑張っていると認められてもいいんじゃない?

 

そう思った次第なのでこの記事を書いている。

 

世のお父さんが苦手としているのは赤ちゃんのオムツ交換であって、7歳のオムツ交換とはちょっと違う気がするが。

 

ま、まぁいいんだよ。とにかく、なかなかできることじゃないんよ。

 

ちなみに5歳の息子はうんちもトイレでするが、いまだに終わったあとには「うんちしたよー!!」と大声で呼んでくる。

 

お尻を拭いてほしいということだからやるんだけどさ、イライラしている時にお尻なんて拭きたくない。

 

何でムカついているのに肛門に拭き残しがないか確認しないといけないの?って思っちゃうよね。

 

まぁ、息子だって何で怒っているパパを呼んでお尻拭かせないといけないの?と思ってるかもしれん。お互い様だな。

トイレが自立すれば行動範囲が広がる

いつだったか特別支援学校の先生が「真っ先に子供達に覚えて欲しいのがトイレ」だと熱弁していたのを思い出す。

 

尿意や便意を訴えられなかったり、我慢ができないといつどこでお漏らしするかもわからない。定期的にオムツ変えたり、着替える必要も出てくる。

 

それだと親も子供も安心して外出できないよね、それが解決すれば行動範囲も広がるよね、といっていた。

 

障害のレベルにもよる話ではあるが、確かにトイレの自立ってのは超重要だ。

 

どこにいくにも、何をするにも、「子供達のトイレは大丈夫か?」という心配が常に付いて回る。

 

娘も息子も、ささーっと成長してトイレの自立をしてほしい。そして特に、うんちはトイレでやってほしい。

 

何度かうんちを小出しにする時もあるからね。パンパース代だってバカにならないんだぜ、一日に何枚パンパース使う気だよまったくよー。

 

日々の生活の中でストレスが溜まる大きな原因が罪悪感という話

少しは精神的に落ち着いてきたとんぼである。ごきげんよう。

 

我慢できないほどにイライラしていなければ、一体自分がどの状況でストレスを感じているのか冷静に分析できたりする。

 

今回はそのストレスの原因の一つ、罪悪感について書いていきたい。

子供達に対する申し訳なさ

罪悪感を感じることは多くあるのだが、今の環境だとやはり子供達に罪悪感を抱くことが多い。

 

例えばね、子供達をぶん殴って「俺は最低だ」なんて自分を責めるならとてもわかりやすいDV野郎だ。

 

でも私は違う。こちらの言い分に正当性があっても、約束をしたことでも罪悪感を抱いてしまう。

 

最近で言えばテレビがわかりやすい。子供達はテレビに集中するとまったくご飯を食べない。朝もそうだが、夜もそう。

 

皿洗うのは私だし、だらだらと1時間以上かけられても困る。それにマルチタスクでしょ?テレビ見てたら何食べたかも覚えてないし、満腹感もわからない。

 

これじゃダメだろということで、夕食の時はテレビを消す約束をした。

 

娘はそれでいいようで一切の反抗なし、息子も合意してくれた。現在は、ご飯が準備できたら息子が自分でテレビを消してくれる。

 

それなのに、ご飯の準備ができたと伝えるのがとても心苦しいのだ。

 

YouTubeを集中して見ている息子に、それを中断してご飯ができたというのがとてもとても申し訳ない。物凄い罪悪感がある。

 

好きなことやっているのに止めさせるのがつらい。息子も娘に何も言わないが本当につらい。

 

おもちゃで遊んでいてもそう。ご飯という突然のイベントで強制的に片付けタイムに移行させるのもかわいそうだ。

 

20時半にはテレビを消して寝る準備をするようにと約束もしているが、その時も緊張する。

 

無意識であったが、ご飯を出す時、またテレビを消す時間になる時、私は寝室に逃げたりする。寝室の準備をしに行って、中断の声かけを妻に丸投げするのだ。

 

逃げまくりである。

人としての弱さ

こうやって自分の罪悪感を探っていくと、まだまだある。子供達だけではないぞ。例えば運転時にも罪悪感を抱くことで失敗している。

 

子供たちの学校に行く際にギリギリ車が二台通れるような狭い近道があるのだが、引っ越してきたばかりで土地勘もない私は遠回りをしていた。

 

だが義母とよくこの辺を回る息子は、私よりも道に詳しい。だから送迎時には毎回言ってくるのだ。

 

あの道が近いよ。

なんでパパはあの道いかないの?

あの道から行きたいなー。

こっちの方が早いのに!

 

書いててうんざりするが、このように毎回毎回言われるとチャレンジせざるをえないでしょう?

 

地元民はよく利用する道らしいので私もいけるか!?とチャレンジしたら、一月で二回車をこすったよ。二回だよ、ありえない。

 

上で書いた通り息子からのプレッシャーに耐えられなかったのも一つの私の弱さであるが、もう一つあるのが対向車がきた時。

 

狭い狭い道で対向車が来た時に、なぜか「私が避けなきゃ!相手に迷惑かけないように、私がうまいことやらなきゃ!」という申し訳なさ感がすごい。

 

だからパニックになって、超ギリギリラインを攻めた結果車を二回もこすったのである。

 

冷静に考えれば、私も対向車もごぶごぶ、どちらが悪いなんてこともないし、協力してこの難局を乗り越えねばならない。それなのに、私がすべての責任をおっているかのように思い込んでしまうのだ。

 

他にもたくさんあるが、自分が悪くない場面であってもなぜか強い罪悪感に苛まれてしまっている。パニックになってしまっている。

 

これやばくね?

当たり前のことを当たり前にできるように

以上、最近気づいた生活に溢れる罪悪感について書いてみた。

 

罪悪感自体は悪いものじゃないはずだ。悪いことをした時、理不尽なことをやってしまった時、罪悪感から次のステップに進めることもあるだろう。

 

だが私の場合、なんか違う。そこお前が罪悪感を抱いてどうするの?ってところでもいちいち申し訳なさを感じてパニックになり、自分の行動や言動にそれが現れる。

 

申し訳なさを感じずに冷静に対応すれば、私が二回も車をこすることはなかったろう。

 

そして子供達にも堂々と約束事を遂行できるはずだし、できないことはできないと言えるだろう。

 

何より、相手との関係がおかしくなるよね。上も下もないけどさ、対等な状況なのに下手に出てしまうんだよ。これで良好な関係が築けるかね?

 

結局は人の顔色を気にしているだけ。自分が傷つくのを恐れているだけ。 

 

当たり前のことを当たり前にできるように、この思考の癖は真っ先に改善したい。以前にも気づいて少しは改善したのだが、簡単じゃないね。

 

というわけで、引き続き認知行動療法を続けましょう。

 

息子の甘える言葉が気持ち悪く、姉の世話をしてる感がムカつく話

毎日少しずつ心の闇を解放しているとんぼである。ごきげんよう。

 

今日になってやっと息子とまともに話せるようになった。1週間くらい怒っていたからね。息子もきつかったはず。

 

色々と分析した結果、私が息子に対して大きなストレスを感じるパターンがいくつかある。

 

その中でも異常なストレス源となっているTOP2を紹介していきたい。

息子の甘える言葉・行動

これは子供達と最初に出会った時からあったのだが、子供達の親に甘えるような言動・行動に引っかかってることに気づいた。

 

娘にはあまり何も感じないのは女の子だからか、息子に対してのもやっと感がすごい。

 

例えば何度か書いているが、息子がアイス食べたいとするじゃないか。いいんだよ、「アイス食べていいの?」とあっさりと聞いてくれたらそれでいい。

 

でも違うのだ。

 

「アイスたべたいなー⤴︎⤴︎」

 

と、甘ったるい声というか、猫なで声というか。この自分の弱さとか子供と親の関係性を利用したような言い方をしてくるのが、

 

めちゃくちゃムカつくのだ。

 

こんだけ大文字にするくらいにはムカつく。

 

これだけじゃない。近くにベタベタくっつかれるだけで気分が悪いし、「パパおやすみ、だいすきだよ」とかわいい感じで言ってくるのも気持ち悪さを感じる。

 

妻が言うには、ぶりっ子だからいやなんじゃないかとのこと。

 

いつもは走り回って元気に汗をかいて生意気な男の子が、ある特定の状況になると突然甘ったるい声を出してくるのが気に入らないのではないかと。

 

たしかに走り回って遊んでいる時に「抱っこして!」と元気に言われても別に何も感じない。でも下を向いて寂しそうに「パパ抱っこして」といってくるのは寒気がする。

 

とんぼの心の闇は深い。

 

子供に甘えられることに嫌悪感があるという人はそこそこにいるらしく、ネットで調べた感じでは「自分が親に甘えられなかったから拗ねているのではないか」との意見もあった。

 

まぁ息子がこういった態度をするのは今だけだろうし、この甘えた態度が妻には効いているようだ。私には逆効果にしかならんというのも、息子にはわからんのだろう。

 

どちらにせよ私は心に何かしら問題を抱えているのだと思う。それを解消できるように努力はするが、せめて嫌悪感を顔に出さないようにストレスをコントロールしていきたい。

娘に対する上からの言動

娘は重度の発達障害の7歳。息子は健常児で5歳。

 

今や日常生活レベルも発語レベルも完全に息子が追い越してしまった。弟ができて姉にはできないことが多くなってもはや何がなんだか。

 

ここで、最近私の怒りが頂点に達した息子の言葉を紹介したい。

 

家族四人でのお風呂。先に妻以外の三人でお風呂をあがろうとした時に、息子が妻に言った言葉だ。

 

「ママー、僕が姉を着替えさせて髪かわかしておくからね」

 

この発言、どう思うだろうか。障害を持つ姉を愛する弟の優しさに心打たれる人もいるのではなかろうか。

 

私は違う。

 

はぁ!?お前はどの立場からものいってんだよ!何様だ、黙ってろ!!

 

オブラートに包んでますが、こんな感情に心を支配されてしまうのです。

 

こんな汚い言葉、決して口には出しません。ただ「娘のことは私がやるから、君は自分のことをやって」と低い声で怒りを伝えるのです。

 

これも、私が今まで生きてきた中で培われた価値観がかなり影響している気がする。

 

下のものは上のものに逆らってはいけない。

 

四人兄弟の末っ子だった私は、絶対に姉にも兄にも逆らわなかった。下であることが正しいと思っていたし、上の兄弟が言うことは絶対だと思って育った。

 

なぜなら父も母も仕事が忙しくて相手してくれなくて、姉や兄に揉まれて育ったからね、それが私の処世術なのだ。

 

弟である息子が姉である娘に対して偉そうな発言をしたり、どこか上から目線だったりするとかなりイライラする。

 

お前は弟だろうが、なに姉の世話役やってます感だしてんの?

 

そんな怒り。娘に障害がなければ自分で言い返すだろう。本来親が口を出すものでもないのだが、気に入らない。

 

さらに娘は娘で、学校で単語として覚えさせられた「おねがいしまーす」という言葉を息子に言ったりもする。

 

なんで姉が弟におねがいしまーすって頼んで体ふかせてるんだ!?

 

とんぼの心の闇は深い。

冷静に考えればわかるけれども

以上、私が息子にムカつくポイントTOP2を紹介したが、答えはわかっているのだよ。

 

息子が甘い声を出したり実際に甘えてくるのは、親から好かれたかったり、愛情を確認したいだけだろう。

 

こうすれば愛してもらえると思っているし、甘えれば言うことを聞いてくれると思っている。それが息子なりの愛される方法なのだ。

 

そこに何かしらのイライラを感じる必要はない。

 

そして息子が娘の世話しようというのも、別に息子に悪気があるわけじゃないはずだ。

 

こうした方が親が喜ぶと思っているのかもしれないし、実際に姉が困っているから助けたいと思っているのかもしれない。

 

娘が嫌がっていないなら、何の問題もない。娘と息子はwin-winの関係だ。一体私が怒る要素がどこにある?

 

そう、わかっちゃいる。わかっちゃいるけど、むかつくのだ。

 

だからこそ心を書きなぐったり、自然と触れ合ったりと対策をしているんだけども。無意識レベルでイライラしない状態までもっていくのはなかなか骨が折れそうだな。

 

ステップファザーとんぼ、そもそも子供が嫌いだった可能性を探る

こんばんは、ステップファザーのとんぼです。

 

本日は少しテイストを変えて、私とんぼの本音を探っていきます。

 

果たしてステップファミリーの父となったとんぼは、本当に子供が好きなのか?最初から子供を愛したいと言っていたとんぼは、本来は子供が嫌いなのではないか?

 

そんなとんぼの心の闇に迫ります。

子供と接した経験は?

2年前の春に子供達と同居を始めたとんぼですが、それまでに子供という存在と接したことはほぼありませんでした。

 

生まれたばかりの姪っ子はまだ赤ん坊で言葉も話せずかわいいものでしたし、結婚前に子供達とお出かけしたりお泊まりした時も、いいおじさんであろうと必死です。

 

子供の嫌な部分なんて目に入りませんし、特に子供に苦手意識もなかったのです。 

 

このような少ない経験から、当時のとんぼは子供を好きでも嫌いでもないと考えていました。

 

さらに同居を始めたばかりの娘も息子も幼く、ほとんどまともな会話ができるレベルではありません。

 

それもあって、とんぼは理解していなかったのです。子供というのがどういう存在なのかを。

良き父であろうとする裏側の緊張感

とんぼは結婚してから四人家族となりました。当然二人の子供ととんぼには血の繋がりがありません。

 

とんぼは必死でした。子育てなんて何もわかりませんし、子供達とどう接していいかもわかりません。妻なしで子供達と三人で過ごすのが苦痛でした。

 

しかし、とんぼはもう父になったのです。家事や着替えに送迎、また子供達とのコミュニケーションなど子供達から逃げるわけにはいきません。

 

どのように接したらいいかと毎日必死に考えながらも、とんぼは常に緊張していました。子供達がいると、くつろぐこともできません。

 

子供達から何かを話しかけられるのが嫌でしたし、遊ぼうと言われるのも困りもの。一度でも遊ぶと、しつこくおねだりされるのも嫌でした。この一回だけ、が子供には通用しません。

 

子供達が満足する対応をしなければ露骨に嫌な顔をされてしまうことが、とんぼの心に深く突き刺さります。

 

当時のとんぼは気づきませんでしたが、数十年生きてきて、ここまで自己中心的な存在には出会ったことはありませんでした。

子供達が成長して気づく

このように良き父であろうと必死に、自分のストレスに目を背けながら生活したきたとんぼの心は二年の月日を経てズタズタになります。

 

子供達は一緒に暮らし始めた当初から成長し、今では言葉を喋り、以前とは比べ物にならないほどの自己主張をし、さらに泣きわめいたり大声を出すなどの親をコントロールする処世術を覚えました。

 

とんぼはもはや何がなんだかわかりません。日々変わる子供達に、そして積もり積もったストレスにどう対応していいかもわかりません。

 

とうとう、とんぼは倒れてしまいました。朝起きても体が動きません。子供達を学校に送るので精一杯で、昼間も眠り続けます。

 

ベッドから天井を見つめながら、とんぼは考えました。

 

「いつから私はこんなにストレスをためていたんだろう」

 

そう感じたとんぼは、自分の本当の思いを吐き出すことにしました。PCに向かって、鬼のような顔をしながら思いを打ち込んでいきます。

 

そして気づいたのです。

 

あぁそうか。私はもともと、子供という自己中心的な存在が嫌いだったんだな。

 

そんな思いを認めることができず、良き父であろうとずっとずっと我慢してきたとんぼの心が壊れてしまうのも当然といえます。

 

そのことに気づいたとんぼは、薄暗い部屋で一人で笑っていました。

なにこれ

ここまで書いたんだけど、なにこの記事。くだらなすぎない?

 

でもまぁ、間違っちゃいない。もともと子供とがっつり接したことがなかったから、子供が好きか嫌いかわからなかっただけ。

 

実際に接してみたら、子供って自己中心的で人の気持ちがわからないしうるさいから嫌いだなーってわかったという話だ。

 

本来であれば、自分の分身であるとか自分と血が繋がっているとかで無条件の母性や父性が発動するのだろう。

 

でも私には血の繋がりがない。普通の親がもともと備え持つ愛情が存在しない。

 

実の親でさえ子供にイライラしてノイローゼになったりするんだぜ、わかってたんだけども、ステップファザーってのはかなり難易度の高い環境であることは再認識したい。

 

そして子供は嫌いだと再認識した上で、息子や娘に対するストレス問題は乗り越えられる問題だし、親になった以上乗り越えたいと考えている。乗り越えるつもりで結婚したし。

  

子供達は私が耐えられないほどのストレスを与えてくれるありがたい存在だ。これをクリアすれば絵本のような幸せな家庭が築けるだろうし、あらゆることに動じない鋼のメンタルが得られるだろう。 

 

というか、乗り越えられなければ殺されちゃうよ。一世一代の勝負である。

 

愛少女ポリアンナのよかった探しがメンタルに効くって知ってた?

昨日は「みんな消えたらいいのに」と思っていたとんぼである。ごきげんよう。

 

同じ空がどう見えるかは心の角度次第と言っていたきゃりーぱみゅぱみゅさんの言葉は本当だったんですね。

 

さて、最近は心の闇ばかり吐露してきたこの私だが、ただ吐き出し続けるだけじゃなく前に進まねばならない。

 

そこで今回は、少し新たな手法を紹介していきたい。

愛少女ポリアンナ物語

30年以上前に放映されていた世界名作劇場、愛少女ポリアンナ物語をご存知だろうか?

 

こんなの。


愛少女ポリアンナ物語 第1話「教会の小さな娘」

 

私が見たのは10年以上前なので記憶も定かではないが、この主人公ポリアンナの特技だけはよく覚えている。

 

それが、よかった探しだ。

 

日々生きていく中でよかったこと、嬉しかったことを探すのが得意なこの少女。結構長いアニメだけど、全編通してよかった探しが話の軸だった気がする。

 

現実はしっかり見た上で、現実を受け入れた上で、その中でもよかったことがないか探す少女の話。

 

後半では交通事故にあって歩けなくなるポリアンナ。めちゃくちゃ落ち込んで人が変わってしまうというシビアな展開。

 

でもポリアンナは気づくのだ。確かに足は動かなくなったけど、まだ生きてる。他にもできることがあるかもしれないし、これだけ心配してくれる多くの友人がいることもわかった。

 

こんな辛い状況だけど、こんな状況だからこそわかったこと、よかったことってあるんだよ。

 

とかそんな話。多分。

 

調べてたらポリアンナ症候群という言葉もあるようで、現実を直視せずにいい部分にだけ目を向ける心理状態を言うらしい。

 

でもポリアンナさんは現実も直視してるから、実際はポリアンナ症候群ではないのです。

現代版よかった探し、ベネフィットファインディング

そしてこのよかった探し、ベネフィットファインディングと呼ばれるストレス解消テクニックにとてもよく似ている。

 

辛い過去、傷つけられた記憶、思い出したくないトラウマ。こういった過去のネガティブな経験に、ベネフィット。すなわちよかったことを見つける作業のことをベネフィットファインディングと言う。

 

かなり重いトラウマにも使えるらしいが、問題があるとすればこの作業をするには本人が決断するしかないということ。

 

例えば、飼っていた猫が亡くなって悲しんでいる人に「その猫が死んだからこそ得られたものがあるんじゃないか?」と言ったら縁を切られるだろう。

 

辛い、悲しい状況からよかったを探すには、どうしたって自分で決める必要がある。

 

あの経験は確かに辛く、耐え難いものであったが、その経験があったからこそ得られたものがあったと、自ら探す必要がある。

 

それがベネフィットファインディングなのです。

 

実際にメンタル強化になったり、うつや心臓病リスクが低下するらしいぞ。

ステップファミリーの父になった苦しみもよかったことも

というわけで、このベネフィットファインディングを今日からやっていこうかなと考えている。

 

最近の私の心の闇は、主に子供達。生意気な口調とか、意味不明な論法とか、普通に理解できない存在であるとか。

 

気づけば子供達には愛情どころか憎しみを抱きつつある。

 

まあ、別にそう思うのは悪いことじゃない。それが本音なのだから隠しても仕方がない。イライラするのもムカつくのもそれが私である。

 

ただ、それだけじゃないよねってことだ。 

 

イライラしてムカついて、本当にそれだけか?子供達がいたことで得られたことはそれ以上に多くあるはずだ。

 

1週間近く怒りを吐き出し続けてやっと、少しはよかったことを探してもいいかなぁと思えてきた。大きな進歩ではないか。

 

この「少しは前向きに考えてやってもいいかな」って状態になるのが結構難しいんだよ。怒りと憎しみのパワーがすごくてさ。

 

まずは自分の本音を書きなぐって心の闇が薄まったその隙をついて、よかった探しをしたい。

 

闇の衣を払わないとゾーマにダメージが通らないでしょ?そんな感じ。おやすみ。

 

参考書籍

誰にも言えない感情を書き殴らないと心が死んでしまう話

やばい、今日のメンタルはやばいぞ。ここまで落ちるかねと自分でもびっくりしているとんぼである。ごきげんよう。

 

以前から突然メンタルが崩壊してしまうことがたまにあるのだ。

 

今はズーンと落ちていると言うと「ズン、ズンズンズンドコ♪」と歌ってくれていた妻も、私の落ちっぷりが半端ないとそんな茶々もいれられないようだ。

 

やばい、やばいぞ!というわけで、こんな時におすすめな筆記開示について書いていきたい。

今の気持ちを紙に書いてみよう

今回ご紹介するのは、最近何度か書いておりますエクスプレッシブライティング。

 

自分の心の中の感情を紙に書いていくというストレス解消法で、今すぐできる。今までやった中ではトップクラスにおすすめのストレス対策だ。

 

感情を抑えたり他人に自分のことをよく見せようと思うとストレスがたまるらしい。そりゃそうだ。

 

というか、自分のその時の本音をそのまま誰かに吐き出すなんてやっちゃだめだとも思う。言わないほうがいいこともあるし、何よりそれが一時的な感情だったら取り返しがつかない。

 

頭を冷やすという意味でも、紙に書くのは有効じゃないか。

 

もやもやーっとしている人は、紙でもPCでもスマホでもいいので自分の思いを包み隠さずに書いてみてはどうだろうか。かなりすっきりするぞ。

誰にも言えない思いってあるでしょう?

私は妻に子供達のことで愚痴ったりする。息子のこういうところがイライラするとか、娘に顔を叩かれてムカついたとか。

 

そういった話はするけども、大体そこまでだ。この二人の子供は妻の子供なので、言いすぎると妻が悲しくなるだろう。

 

気づかなかったが、妻に子供達の愚痴を言うのを結構気を使っている。

 

子供達の愚痴を言うなら、私の母親の方が話しやすくて適任か。気兼ねなく愚痴を言えたりする。親としての立場ではなく子供としての立場から愚痴を言えるってのも大きいかもしれない。

 

普通に「お前が悪い」と注意されるが、とりあえず本音を吐き出すのが重要なんだろう。

 

だって、自分が間違っているってわかっているけどムカつくことってあるでしょう?

 

子供たちに対するイライラなんて大抵そんなもん。私が大人気ないだけで、私が変わるしかないという話ばかり。そんなのわかっている。

 

でも、むかついているのは確かなのだ。このむかつきは実際に存在していて、これを隠そうとすればするほどにストレスが高まっていく。

 

だから一回吐き出そう。そして吐き出すなら、妻でもなく母でもなく紙に吐き出すのがもっともよいではないか。誰も傷つけずに全てを吐き出そう。

 

自分でも、自分が変わるしかないとわかっているのだから。

 

そう結論づけた。

このままじゃ死んでしまうほどのストレス

自分の感情を書き続けて五日目になるだろうか。書けば書くほどに心の闇が出てくる。

 

千と千尋の神隠しでカオナシが黒い泥を吐き出しまくっていたシーンを覚えていますか?まさにあんな感じで、吐いても吐いても、ずっと泥が出続けるのです。

 

あれ、私ってこんなにやばかった?ここまで自分の感情を押さえつけていたのか?

 

自分でも驚きだ。自分が怖くなるほどの感情の爆発である。

 

でも、まぁこんなもんじゃないかなーとも思う。私が置かれている環境って、ちょっとハードル高すぎるんだよ。

 

逆に「これくらい大丈夫だよ、大したことない」って言ってる方が鼻につかない?人間臭さがいいよ、こんな壁にぶつかってるくらいが可愛げがあってちょうどいい。

 

何より無意識に湧いてくる自分の黒い感情を良しとしているわけじゃない。少しずつ少しずつ、物事の受け取り方を変えていこうとも思っている。

 

ただその前に、この怒りやストレスを取り除かねばならん。もはやストレスによって何がしたいのかも、どこに向かっているのかもよくわからなくなってしまっている。

 

認知行動療法でバランスの取れた考え方が頭では理解しても、それを覆うストレスで私の思考が変わることはないと知った。

 

大問題であるが、ここが土俵際だな、うっちゃりさね。

 

最後に、よくこんな精神状態でここまで書けたもんだなと思う。我ながらようやるわ。寝たらいいのに。